日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

シュカブラの唄

雪面に風が作ったスプーンカット、シュカブラ。風紋とも雪紋とも書かれる。初めてそれを見た時にどこかで見たなと思った。「ああ、蓋を開けた時のハーゲンダッツアイスクリームか」。何ともお粗末な連想だった。アイゼンを効かせて峠から尾根に出るとそこは風が舞っていた。厳冬期の赤城山の稜線だった。足元に広がるえぐられた雪面は真っ白な月世界のようにも見えた。気まぐれな幾何学紋様に打たれた。シュカブラとの出会いだった。

小さく削れた模様は不規則で、アイスクリームの表面をフラットな雪面とするとそれはスプーンでほじってまた冷凍庫に入れてから再び取り出した表面に似ていた。スプーンでえぐられた部分が光るように固まる。それはシュカブラと言えなくもない。その表面が頭に浮かんだのだった。

森林限界を超えると烈風が吹き荒れた。先行する友に「ちょっと待って」と声を掛けようにも、それはすぐに風に流され飛んで行った。無為を知り足元に目を落とした。・・・全面がシュカブラだった。それを眺めているとなんとなく風の流れが見えた。それは南西から北東に向けて吹いていると知れた。大きくまた時に細かく、まだら模様もあれば河岸段丘のように積み重なっているのもある。ここまでの模様を作るためにいったい風速何十メートルの風が何時間吹き荒れたのだろう。

スキーで登る以上シュカブラを壊さなくてはいけなかった。表面はクラストしている。そこをスキーで踏むと、割れる。ザクザクという言葉よりパリパリというのが相応しいオノマトペに思えた。踏むと崩れてその下の層は意外に柔らかい。体重をかけすぎると幅の広いスキーでもわずかに沈む。沈むと登る速度は極度に落ちる。

強い風に吹かれながらクラストしたシュカブラを注意深く踏んでいく。余りの風に息が上がり「南無三」と空を見上げると、雲が何かにせかされるかのように流れている。その先の空はもうもしかしたら成層圏なのかもしれなかった。青いというより黒く、自分には見えたのだった。

風に流されてようやく立った山頂。長居は無用とすぐに滑り止めを剥がしワックスを塗った。とても繊細な模様なのにすまないな、と思いながら雪の芸術をパリパリ裂きながらスキーを進める。しかしすぐにシュカブラの反撃にあった。自分の技術ではとても滑りにくい雪だった。

♪荒れ狂う風に削られ
せっかく出来た紋様さ
裂かれる身になったことはあるのかい
美を壊す意味を知ってるのかい
来年できる模様は今日の僕とは違うよ
それを壊すなら好きにおし
簡単でない事だけは知っておいて

そんな唄をシュカブラが歌っているように思えた。実際ひどい仕打ちに会い、ブレイカブルクラストに足を取られスキーは潜って我が身は亀の子のようになった。一回転して修羅場を抜け出した。下から見上げるとやはり雪の紋様は美しかった。しかしそれもあとひと月で溶けるだろう。

寒さをものともせず風に耐えて登った代償は、短い季節にだけ顔を見せてくれる芸術品。来年はもっと大切にするから、また唄を歌っておくれ。その次もその翌年もな。そう声をかけて雪の山を後にした。

風の通り道に沿ってえぐられた雪面は紋章を描く。シュカブラだ。森林限界を超えている事。強風地帯であること。いくつかの要素が必要だろう。