日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

2年ぶりの「カチリ」 富士二ツ塚BC

「カチリ」。良い音だ。

テレマークスキーの3ピンビンディングを嵌める時はテレマークブーツの先端裏側の3つの穴をビンディングの3つの突起に嵌合させてから上からストックの石突でビンディングの抑え金具の先端を押し込む。その時に鳴る「この音」が好きだ。心地よく鳴ってくれるとブーツは板にしっかり固定されたという証左になる。

それはまさに山に入る前に登山靴の紐を締めるのと何ら変わらない。体が、心が締まるというか、「いざ、行かん」、というはやる思いに満たされる。そして踏み出す第一歩。

スッと、雪の上をスキーが進む。シールを裏側に貼ったスキーは、全く後退することもなく斜面をぐいぐい登る。スキーを嚙んで前進する。スキー板を通して足の裏で感じる雪の感覚。例えようもない。サクサクと潜るときももあるいは重さを一切感じさせないこともある。たとえ重い雪でも、軽い雪でも、心は軽い。雪面はいつもの友達であり、スキー板は「魔法の羽」となって友との再会を喜んでいる。

自然林を進む。落葉広葉樹は気持ちが良い。ブナの林だ。林に生命感が漲っている。ウサギの足跡を横切る。トレースはない。手つかずの林を歩けるのは気持ちが良いが、雪が多いとラッセルに苦しむことになる。傾斜もきつくなる。シースは雪をよく噛んでくれるが、やはりラッセルが堪えてきた。スキー板は余り潜らない。それでも自分でトーレスを作るのはそれなりに大変なのだ。正直、先行者がいてくれたら、そうも思う。

樹林帯を抜け出すと広闊な原となった。目指すピークが見えた。どう登ろう? 尾根を行くか、谷筋をトラバースするか。風の強さ、雪の質。いろいろ考えてルートを選ぶ。

そんなワクワク感が山スキーの魅力。「魔法の羽」で雪の山の小旅行だ。

「カチリ」の一音で始まった素敵な世界。昨年はそんな季節を病床で過ごした。しかし今年にまた会えた。二年ぶりか。すべてが、素晴らしく、懐かしい。

* * *

富士山の南東斜面にある二ツ塚。兄塚・海抜1929m、妹塚・海抜1804m。入山地点を太郎坊トンネル(海抜1275m)のとれば標高差も大きくないので関東圏のバックカントリースキー愛好者には知られたコースだろう。自分ももう10年、シーズンインの足慣らしはこの二ツ塚だった。一人の時もあれば友との時もある。ルートは東斜面ということ、海抜が高くないということもあり、時期を選ぶ。ある年は豊富な雪。ある年はアプローチは全く雪がない。ある年は黄砂がひどくスキーが滑らない。毎年違う表情を見せてくれるところが短いなりに楽しいコースでもあった。

太郎坊トンネルを越えた例年の駐車スペースは行政によってパイプで閉鎖されていたので今回は手前からのアプローチとなる。樹林帯はトレースがないが30センチは積もっているか、腐り気味の雪のラッセルは辛い。ペースが上がらないので達者な友が先行をかって頂いた。雪原に抜けると目指す山頂は見えない。ガスが濃い。勝手知ったるコースだからリスクはないね、と快晴ではないことは知っての上の入山だった。

友人が「シールが剥がれている」と指摘する。入山前に繕ったテールフィクス金具のプラが崩壊して何処かにちぎれたようだった。用意の良い友人にガムテープを貸してもらいテールを固定。助かった。

15人程度の大パーティを追い抜く。彼らはツボ脚、12本アイゼンか。しかし積雪量は増えており、苦戦しているようだった。接地面積はツボ脚、ワカン、スノーシュー、そしてスキーの順に広くなる。そんな最終兵器であるスキーをもってしても辛いのだから。

海抜1450mあたりでいつもの南側の谷を選んだ。季節が遅いと谷底には小さな水流が出てくる。そんな事もわかっているのでやや谷底を外して登る。いかにも柔らかく水面を感じさせる箇所もあるので外したい。しかし雪が深くルートは一定しない。

と先行する友が突然なにかにはまった様だった。見ると完全に埋まっていた。安定していたように見えた雪面がぱっくり抜けて沢に嵌ったのだった。沢はいつもの水量ではない。豊富だった。何とか抜け出す。しかしブーツの中まで完全に浸水したという。自分のシールはガムテープの留めが不十分で再び剥がれる。ガスは晴れたり濃くなったり。

「今日はここで戻りましょう。」

自然の成り行きでそう決まる。何度も登っているのでピーク自体には執念はなかった。下りは沢を嫌い小尾根に逃げて、雪原へ。雪は重く滑りは楽しめない。樹林帯に入りルートファインディングしながら下山した、ピークは踏めなかったが、雪の感触を味わい、スキーのカンを取り戻し、それなりの起伏のある一連の行程を楽しむことが出来た。

自分にとっては長い空白期間。待ちわびた楽しみ。すべてが、素晴らしく、懐かしかった。シールの不備、サングラスを忘れたこと、次回への課題も多い。しかし何よりも、森も山も依然と変わらずにいてくれた。そう、2年ぶりの「カチリ」で始まった小さなオデッセイは満足の幕切れだ。それを無事に迎える事が出来たことも素晴らしいし、そんなワクワクがこれからも待っているのか、と思うだけで楽しい。

「カチリ」を再び鳴らすのは何時、何処の山だろう。

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樹林帯を抜け出すと広闊な原になる。ここからの富士山は見ものだが、今回は雲の中だった。

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普段はチョロチョロの沢だが今年は違った。一間何事もなさそうな沢床の雪は容易に抜けて、沢に嵌ることとなった

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積雪から時間が経過したから地表が緩んだのか。踏み跡からすぐに水が溢れる。

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樹林帯に入りスキーを外しテルモスに入れたコーヒーでブレイク。今日の感動、反省点、次回の計画案。ゆっくりと友と話す。素敵なひと時だ。