日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

脳腫瘍・悪性リンパ腫治療記(27)放射線治療(2)治療

無用な緊張を避けるためか、とにかくリラックスしてもらうためか、放射線治療室の待合室はなぜかマイケル・ジャクソンからホール&オーツ。ワムからカルチャー・クラブバナナラマ。そんな1980年代の米英ポップミュージックが流れているのだった。放射線治療を受ける人の年齢層を考えての選曲ならば、よくできたものだと思う。曲の好き嫌いではなく、まさに待合室の患者の若い頃の時代に直球だった。

呼ばれて照射室に行くと、沢山のお面がある。みんな自分と同様に脳に放射線を浴びせるためのカスタマイズされたお面なのだ。ざっと15個はある。無機質的な曲線で構成された放射線照射機が無ければ、マスクの並んだ壁だけを見ていれば、なんだか美術部の部室に居るようにも思える。こうも多くの患者さんが脳に放射線を浴びせているのかと思うと、皆無言でも頑張っているではないか、と見知らぬ同僚に労いもかけたくなるものだ。

その中から自分のものを持ってくる。横たわった放射台にはこのマスクを固定するクリップが付いているようで、パチリパチリと固定していく。さすがに型取りしただけのことはある。我がマスクは自分の頭にベストフィットだ。固定されると頭の自由は効かない。それが目指すところなのだ。

照射機は真上にいったんきて、左側頭部、正面、右側頭部へと移動していく。照射のサインもなければ熱線を感じるわけでもない。ただ照射機が移動して、ものの5分で終わる。台から立ち上がる時に少しふらつくのはずっと横になっていたからだ、と思いたい。

説明にあったむくみや嘔吐感、ふらつきもない。

週4日程度、決まった日に照射を続ける。インターバルがずれると効果にも影響あると思えば、時間にルーズな自分も遅れるわけにはいかない。

いつしか待合の椅子のメンツも顔見知りになった。自分より年上もいれば同じ年齢位の女性もいる。乳がんの方もいらした。乳房への放射線照射の痕が焼けただれるように痛いという。浴びせる放射線量も脳とは違うのだろうか。

全13回照射のうち8回目くらいだろうか。朝起床すると、枕に黒いものが沢山付着しているのに気づいた。髪の毛だった。ああ、これまで抜けなかった頭髪も、とうとうここで抜けたか。試しに手櫛を入れると面白いようにどっさり抜けるのだった。手櫛はまるで回転歯のついた刈り払い機のようだ。いや、刈り払い機は草や枝葉の根元の上でカットするが、これは毛根から抜けて行く。まぁ、除草剤をまいたようなものかもしれない。この手櫛を10回でも繰り返すと禿頭になることは目に見えていた。

2,3日でつるつるになった。舞台でも活躍した往年の銀幕スター、ユル・ブリンナーのようだ。しかし顔の出来が違う。海坊主に近かった。

医師の説明通りにすべては収まるのだ。全13回、延べ23.4グレイの放射は終わった。その総量の意味することを自分は知らない。知っても自分には仕方がない事なのだった。ただ医師を信じ、ベストと言われる治療をするだけだ。

いつしか乳がん治療の女性とも会わなくなった、予定を終えたのだろう。そして自分も、長い13回を終えた。放射線科の医師との面談があり、そしてバトンは再び抗がん剤に渡される。

ハエが止まることも出来なさそうな見事なつるつる頭には、帽子も落ちそうなので日本手拭いを巻いてみた。悪くないな、うなぎ屋や、焼き鳥屋の主人になったような気がした。焼かれたのは串に刺さったウナギでも鳥肉でもなく、自分の脳なのに。