職場の近くに洋・和菓子屋がある。
道路沿いの店舗、キッチンは大きな窓から眺めることが出来る。窓際は洋菓子製造キッチンの様で朝も早くから職人さんが熟練の手立てでケーキを作っている。モンブラン・オペラ・パリブレスト・・・。いつもそこで僕の足は止まる。ケーキというよりは綺麗な作品。食べるのも惜しい。とはいえオペラも、パリブレストも大好きだ・・。なんという繊細な手立て。サイズが寸分違えば、デコレーションが少しずれれば、見てくれは悪くなる。だからとても一つの挙動に神経を集中させていることが伝わるのだった。山場を乗り切った職人さんを見て、自分も息を吐いた。あぁ、仕事に行かなくては。ここで道草もないだろう・・。
窓越しに見る今朝の作品。バースデーケーキだった。これは何時食べても美味しいな。そして嬉しい。バースデーがもやはめでたくない自分も、純白のケーキにろうそくを立てて、さて、カットしたらイチゴの多い奴を頂こう・・・そんな幸せな妄想に満たされる。
2個作っているな。同じ誕生日なのね。チョコレートの板にメッセージをホワイトチョコで書く。とても不器用な自分にはできない、職人の最後の詰めだ。
「お誕生日、おめでとう」
あれ、もうひとつは
「合格、おめでとう」
・・そうか! 今は2月。高校受験だろうか、大学受験か。結果が出たのね。「サクラサク」。満開の桜が咲いたのか。何処のどの学生さんかわからないが、僕は少し涙が出るな・・。
何故だろう。遠い昔の事を思い出した。
地方都市に住んでいた自分は大学の受験結果を都度見に行くことは出来なかった。だから、結果確認は掲示板を見て連絡してくれるという学生アルバイトさんにお願いしたのだった。4校5学部受験。しばらくは悪い知らせ。しかし、最後に届いた連絡は「○○ダイガク○○ガクブ、サクラサク」だった。母は喜び、確かケーキを買ってきてくれたのだった。
時は経ち自分もそんな経験を何度もすることになった。娘たちの大学合格、会社の内定。そのどれの連絡かは憶えていないが、僕は車の運転中で、受けた電話に喜びの余り「おお、良かったな」と一人叫び、余波でハンドルが大きくぶれて焦ったのだった。勿論それぞれの日には間違えなく家内がケーキを買った事だろう。
どなたかもわからない学生さん、合格おめでとう。これからも更に山あり谷ありが待っているだろうけど、それは楽しいことに違いない。これからも長い、夢に満ちた時間が待っているね。冒険、そんな旅の門出だね。熟練の職人さんがあなたの合格を祝って、真心込めて繊細な技を出してくれているよ。
サクラが咲いてとうに散ってコケすら生えてきそうなこの僕。でも思えば実はまだ冒険の途中だな。その先に何があるかわからないけど、楽しむ気持ちで過ごしていくだけさ。
さて、僕もちょっと祝いたい気分だ。仕事の帰りに、ショートケーキでも買って帰ろうか。技の詰まった、イチゴの多い奴ね。
(2022年2月6日・記)