日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

変わりゆく街 築地から月島へ

銀座から築地へ、月島へと歩きました。市場が豊洲に移りがらんとなった感がある築地、ウォータフロント人気で新しい世代の街へと変わった月島。どちらも変化を感じさせる街並みです。

築地は、場外市場一帯は残っているのですね。この日は市場も休みの日で開店しているお店は多くはありませんでしたが、いつもの慌ただしさは感じることが出来ました。築地に来た理由はランチ。このあたりに来たら必ず楽しみにしている寿司店で「大名チラシ」というチラシ寿司をご馳走になります。特に車運転の予定もないし、昼間から禁断のビールも出ます。何も言うことのない素晴らしい味でした。

いつもの幸せを味わい、のんびりとぐるり周辺を歩きます。勝鬨橋は変わりません。自分が初めてここを歩いて渡った時にすでに橋の開閉はその役目を終えていました。隅田川の観光船がゆっくりと航跡を伸ばしていきます。水門の奥には屋形船と船宿があり、水の街・江戸。そんな言葉も頭に浮かびます。

晴海にはかつて勤務していた会社の一部の事務所がありました。また当時は展示場と言えばここでしたので、随分と通ったものです。学生時代は展示場でブースの植木レンタルの搬入の仕事などもしていた。そういえば家内がアマチュア無線技士の免許を取ったのも、晴海のどこかのビルだった。もう、ずっと遠い昔の話です。

月島も大きく風景が変わりました。真新しい高層集合住宅が並び、若い世代を応援する様に託児所や保育園もあり、お子さんを載せた自転車やベビーカートも行きかいます。元気そうな子供の声と、それを諭す若いお母さんの声がそこかしこにあります。

ここに来たのはもうこれまたずっと昔。月島には当時、路地裏の写真を撮ろうと何度か来たことがありました。ちょうど一眼レフを手に入れて写真が楽しかった時期です。路地裏にもビルは多く、昔ながらの雑然とした光景も亡くなりました。当時は植木鉢の並ぶ狭い路地によしずを張って、パンツ一丁の親父が朝顔に水をやっている、そんな光景がありました。が、今はもうそれは埋没した記憶の中にしか期待できないのです。仕方ありません・・

名物という海鮮がたくさん載ったもんじゃ焼きを頂きました。すごい具でとても自分では焼けません。お店のお方にお手間をおかけしました。味は流石に素晴らしい。

日はとうに落ち、すると西からの寒風が、もんじゃ焼きストリートを吹きぬけます。商店街のPOPは吹き流しのように風にあおられ、自分と家内もコートをしっかり閉めて逃げるように地下鉄の駅へ向かいました。

変わりゆくエリア。長きのインターバルを経ました。ここは師走の、心の中では江戸と呼んだほうがしっくりする、もう自分には追憶の下町です。

(2021年12月22日・記)

f:id:Gonta7LKF3:20211223201858j:plainf:id:Gonta7LKF3:20211223201907j:plain

f:id:Gonta7LKF3:20211223201911j:plainf:id:Gonta7LKF3:20211223201923j:plain

f:id:Gonta7LKF3:20211223201933j:plainf:id:Gonta7LKF3:20211223201952j:plain

f:id:Gonta7LKF3:20211223202006j:plainf:id:Gonta7LKF3:20211223202025j:plain

・築地「寿司清」の大名チラシ
・変わりゆくウォータフロント
・月島には昔日の面影はなかった。商店街を往く人気者の25歳のリクガメ君も時の流れを見ていたのだろう
・帆立あさりネギもんじゃは「まるた」にて