脳腫瘍を摘出し化学治療を終えた時、山は遥かに遠い存在に思えた。
実際体はふらつき頭に痺れは残った。今もそれは概ね変わらない。しかし山やサイクリングといった体を使う趣味への思いは強く少しづつ試してきた。登り残していた山形の朝日連峰など気合のいる山に挑戦して少しづつ自信を取り戻していた。73座目の百名山である朝日岳に立ち、少し自信が出来た。今年の夏は例年よりも更に暑くそのせいか自分の体力も気力もどん底だった。こんなものではないはずだ、自分を試し、まだ出来る、と言いたかった。
長く気になり登り残していたのは日光の女峰山だった。日光の最前線に立つ2480メートルの高峰だった。登れたら自分にとって23座目の二百名山だった。冬の関東平野で日光連山を見るならば誰もが最初に目を留めるだろう立派な銀嶺だ。男体山はこの山の裏手になり白根山は奥深くてそう簡単に見えない。最前列に立ち山の凄みを見せてくれるのだった。
そんな峰に山仲間のルート提案もあり同行頂き何とか登ってきた。ネットに多く掲載されている登山記は体力気力の充実した人がこんなルートをこんな時間で歩いてみた、という具合に書かれていることが多い。韋駄天的な記事は参考になるがコースタイムは自分にはもう遠いものだった。
病後のふらふらする体と付き合いながら登る山。自分の限界を知り、ストレッチしたゴールを立てること。そんな自分試しの山だった。記録として、以下コースタイムやコースの留意点のみを記そうと思う。2023年8月末時点の山の状態だ。
女峰山(2483m.栃木県日光市)
●初日
・ルート:三本松から裏男体林道車止めへ。車止めから志津小屋(避難小屋)までは林道歩き、同小屋宿泊。
・コースタイム:駐車場12:45 - 志津小屋14:20
・留意点:駐車スペースは20台程度。赤いコーンが車止め。その後も林道は続くが砂防堰堤工事の為に一般車は入れず。
志津小屋は水場・トイレなし。立派な作りで二階建て。余裕を見てもキャパ30人くらいか。重たそうな布団がいくつかあり。
●二日目
・ルート:志津小屋から、唐沢小屋(避難小屋)経由で女峰山往復。志津小屋で荷物を回収し駐車場へ戻る。
・コースタイム:志津小屋5:45 - 林道分岐(登山道出合い)6:45 - 馬立(沢を横切る)6:55 - 唐沢小屋水場8:40 - 唐沢小屋9:00/9:10 - 薙9:22 - 遭難碑9:50 - 女峰山10:00
女峰山11:00 - 薙11:11 - 唐沢小屋11:20/12:00 - 唐沢小屋水場12:11 - 馬立(沢を横切る)13:30 - 林道出合い13:20 - 志津小屋14:30 - 駐車場16:20
・留意点:馬立の沢(荒沢)では今回は水補給可能。だが時期によるかもしれない。唐沢小屋水場は豊富だが小屋までは両手を使う急登20分。サブザックが必要。唐沢小屋は志津小屋同様立派な作りで二階建て。キャパ同様。トイレ無し。山頂下の薙は足元が崩れやすい。よく見ると踏み跡がありルートを示すペイントと標識が薙の大岩と対岸のダケカンバにある。
●全般:
・林道歩きの長い行程。馬立で荒沢を渡ってからは海抜1950mまでは比較的緩やかな登り坂が続く。ミヤコザサの斜面にブナ白樺、ダケカンバなど林相は豊かで気分安らぐ。全般を通じて階段の類がないので足には優しい。
・唐沢小屋直上の巨大な薙はまさに行く手をはらむ。脆い岩屑の中を慎重に進む。足元が崩れると数十メートルはがれの中を落ちそうに思え激しく緊張。岩のペイントとルートを示す赤と黄色の板きれを見失うこと無く進む。横切って鼓動は収まる。このルートでの難所といえばここだろう。
・駐車地点から山頂までのGPS測定による標高差は累計で1530m。
・シュラフや自炊道具は志津小屋にデポ。二日目はツェルトと防寒着、雨具、水、行動食、アマチュア無線機を持ちサブザックで行動。下山中に夕立に会いゴアの雨具を上下着ける。無防備なサブザックの中身はびしょぬれになった。サブザックにはザックカバーもなく、幸いにダウンの防寒着は二重のビニール袋に入れていたので濡れなかった。パッキングの大切さを感じた。登山道はこの雨で沢になった。避けて横のササの中を歩かざるを得なかった。
・行程中は塩分補給キャンディとビタミン補給ジェルをこまめに摂った。行動食としての大福餅はいつもながらに腹持ちが良かった。