クリアファイルに入れたコピー紙の束が出てきた。入院中に行動療法士さんから与えられた課題用紙。新聞のコラムを毎日書き写してください。横書きコラムは縦書きにして、縦書きコラムは横書きにして書き写すのですよ…。それは脳外科手術をした自分にとって不可欠な、高次脳機能のリハビリだった。
写経の様にコラムを一心不乱に書き写すのが宿題だがやはり内容は熟読する。毎朝6時には起床して点滴棒に頼りながら廊下で理学療法士さんのメニューの体操後、デイルームに行きコラム書き写しだった。そのうち行動療法士さんからの課題に飽き足らなくなった。コラムをその場で英訳して身振り手振りを交えて声高に演説してみよう。そう、ビル・ゲイツやスティーヴ・ジョブスの様に。仕事で身に付いた下手な英語でもその能力を失いたくなかった。またそれが脳の機能回復を早めると思った。そんな出来の悪い英語が響く早朝のデイルームは自分だけの演説場だった。時折ナースステーションからの看護師が通り過ぎるだけだった。
演説ごっこが楽しかったのはうまい具合に英語に翻訳できた喜びも大きいが、加えて原稿が素晴らしかった事に尽きるだろう。構成がしっかりしていてかつ簡潔だった。知らない言葉もあった。さすが新聞社の俊英の筆だった。必要にして十分。起承転結が全てではないかもしれないが、少なくともコラムはそんな形に見事にはまっていた。せいぜい800字程度での見事な自己表現だった。
エッセイの一般的な原稿は1600字以内と読んだことがある。
手慰みに書くブログ記事でも実は1600字以内に収めることの難しさを感じている。2000字を超える事も多い。800字は異次元だ。趣味の山や自転車の旅の紀行、音楽の記事などは2400字を越える。しかしこれら趣味については、読み手さんも興味あるだろうという前提のもと例外としている。趣味を同じくする人はじっくりと情報を得たいだろうから。
要らぬ文節をそぎ落とす。重なる表現も落とす。訓練と思い切りは必要だがそうしてぜい肉を落としても1600字を切るのは高い壁だ。ましてやコラムの様に800字クラスは遠い世界といえる。
断捨離の年代は捨て上手にならなくてはいけない。文を書いて文字を捨て続ける。そう、久しぶりに新聞をとるか。月数千円で文章が学べ英語の勉強になる。これからは自分に投資だろう。(本文979字)