日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

鳥居に導かれる 上信電鉄サイクリング

見事な秋空の演出だった。晴れていたはずの空もいつしか日が傾きかける。「秋の日はつるべ落とし」と言わんばかりに急速に暗くなってきたがそれは太陽が一時流れてきた雲に隠されたせいもあった。しかし思わぬ光景にブレーキレバーを握っていた。雲の隙間から秋の夕日が一本の光の線となって伸びそれはすぐに幾条もの束になった。光が照らすのは黄金色のキャンバス。収穫を待つ田だった。稲穂は光に喜び、気ままに舞っているように思えた。

* *

山の中を通り平地へ抜ける道。三桁国道とはいえ交通量は多い。ダンプカーが多いのも山の奥に採石場などがあるからだろうか。トラックも多い。上州と信州を結んでいるルートの一つだから無理もないのだろう。

1メートルもの隙間を通り過ぎていくダンプカーには身の危険を感じる。余り走っても楽しくないルートとはこのようなもので、そこを通らなければいけない限りは遠慮したい。

先を走る友が軽く左手を上げた。自分もそこにほぼ同時に気づいた。国道から90度北に曲がる里道。セメントづくりの鳥居があり並走する線路を越えてその道は真っすぐに里山に伸びていた。地形図ではそこに神社マーク。確かにいかにも鎮守の森とでも言いたい風景だった。

二人とも無言でその道に吸い込まれた。破れたホースの穴から勢いよく水が横に跳ね出すように、その道へ逃れた。

そこからが今日のサイクリングの白眉だったかもしれない。金色の稲穂の中を道は森へ向かう。稲穂は「早く刈ってくれよ」と言わんばかりにこうべを垂れ、秋の風に揺れている。自分たち二人の自転車が切る風で、稲穂は少し違う方向に揺れる。おや暗くなったな、と思うと、西の空を雲が覆い、すぐにその隙間から陽が指してきたのだった。

友と共に、見とれた。言葉も出なかった。

そこから先は、トラックやダンプが走る国道を外れて長閑な山麓のサイクリングとなった。広い谷を川上から川下へ向かうルート取りで、脚も良く進んだ。頻繁な読図もいらない。細かい里道に入ってもたかが知れている。夕暮れが一気に近づき、60キロ以上走ってきた自分の脚もそろそろ目いっぱいに近くなった。サイクリングの終着地点を少し変更して、地方私鉄の古びた駅でランドナー輪行袋に収める。

駅前に在ったこれも古びた酒屋さんの自販機で350㏄を買い求め、友と二人でサイクリングの終わりを祝した。

全く鳥居が呼んでくれた道、としか言えなかった。鳥居や神社、鎮守の森。里山ならではのそんな地は、旅人を呼び込む「見えないオーラ」を放っているのだろう。まんまと、やられた。しかしそれは「幸福な降伏」だった。

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上信電鉄を利用したサイクリング概要

サイクルトレイン上信電鉄サイクルトレインを運行している。愛車をバラシて輪行袋に入れることなく車内に持ち込めるサイクルトレイン。いつでも全駅から利用できる上毛電鉄とは違い、上信電鉄のそれは運行時間帯と乗降可能駅(どうもそれは駅員が在中している駅のようだ)は限定されている。やや不便ではあるが、自転車をそのまま持ち込めるという非日常さとそれを活用したルート計画が組めるのはありがたい。

・ルート:GPSによるトレース図を見るとJR高崎線本庄駅から藤岡市内を経て上信電鉄下仁田駅までを走った軌跡になる。実際は本庄駅から走り出し上信電鉄の吉井駅でサイクルトレイン。終点下仁田で下車し上信電鉄にほぼ沿った形で吉井駅に戻ったことになる。計画では高崎線の何処かの駅まで走るつもりであったが再び戻った吉井駅で満足の旅を終えた。吉井駅からは輪行袋高崎駅経由でJR鈍行で帰宅。

・走り以外には:走り以外の楽しみ要因として今回は以下4点。サイクルトレインでの非日常感。アクセント付けとなった藤岡市庚申山登山と山頂でのアマチュア無線運用、B級グルメ探訪、そして国の特別遺跡に指定されている多胡碑の見学。ひたすらの走行に加え一味ポイントを加えると楽しみが増す。

●関連
今回の旅で動機づけられて記したブログ記事・訪問地へのリンク
・旅の心象風景: https://shirane3193.hatenablog.com/entry/2022/10/16/222342
B級グルメその1: https://shirane3193.hatenablog.com/entry/2022/10/16/162858
B級グルメその2: https://shirane3193.hatenablog.com/entry/2022/10/16/173804
・多胡碑 : 和銅4年(711年)に建立されたという。羊と呼ばれた渡来人がこのエリア一帯を治めたことに関係あるという、歴史的に興味深いものだった。https://www.city.takasaki.gunma.jp/info/sanpi/03.html

国道を走っていると左手に鳥居が見えた。その奥には鎮守の森。何かに吸い込まれるようにその道へと走り込んだ

稲穂の中を走る。自分の影は黄色く染まり、稲と一体化していく。

西上州の山々は特異なシルエットを持つ。夕日に山影が映える時間となった。秋の日はつるべ落としなのだ。

傾きかけた西の空を暗くしたのは雲だった。その隙間から光が拡散していた。それは無邪気な光線の遊びだった。

 

非日常を味わうにはサイクルトレインは持ってこい。利用することでコース計画も広がっていく。欧州では当たり前のこの光景が広く日本に広がることを期待したい。首都圏が無理なら地方でも。平日が無理なら週末休日でも。