日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

去りし日の「ライ麦畑でつかまえて」

僕の奥さんは先月からいわゆる「児童館」のようなところで受け付けのパートをやり始めた。1回数時間で週2~3回程度。これでは厚生年金も貰えない。しかし、二人の1ケ月分の食費のなにがしかの足しになるので、病気で仕事を辞めた自分にとっては精神的に助かっている。

殆どが夜の時間帯のパートだが、そもそも児童館にそんな時間に人が来るわけでもない。

「今日はどうだった?忙しかった?」

一応聞いてみるが、答えはいつもと変わらない。

「本読んだり、PCやったりは?」

そうもいかないらしい、しかし今日は、折り紙を折っていた、という。

折り紙? それは児童館の飾りにするという事だから、無為な行いではないのか・・。そりゃ、良かった。しかし暇つぶしも楽ではないんだな。

そんな事を想いながら、僕はふと昔のことを思い出した。

数日前に所用で都心に出てその帰りにたまたま通りがかった懐かしい街。

すっかり再開発されて綺麗になっていたそこは20年以上前に勤務していた地だった。

* * *

僕が勤務していた会社は、安い家賃を求めてか都心部から山手線の外側の、とある小さな川沿いの場所に移ったのだった。川は数日前に見たようには浄水も良くなく、20年前のそこは季節や天候によってはひどく臭かった。しかし、春が近づくと川沿いの風景も一変する。花で枝が垂れ下がるのではないかと思わせるほどの豊かな桜の木が続いていたのだった。葉桜になると、どぶ色をした川は、一瞬桃色に埋まる。

そんな風景の中の通勤は春以外はあまり面白いものではなかった。会社の場所が変わったので、ずっと飲んでいた内科の薬を続けるために病院を変える必要があった。それも面倒であったが何処かに医院を見つけなくてはと考えていると、近所の出来立ての集合住宅の一階に真新しい内科医院があった。

行ってみるとそこは消火器科が第一診察科目のようで、ドクターも自分のような呼吸器科の患者が来たことに少しためらい顔だった。眼鏡をかけた山羊さん。そんな風貌のドクターだった。しかし病気の経緯と使っていた薬を話すと、辞書のような本を取り出して、頁を繰って薬の内容に納得されていた。

お門違いだろうけど、近いから。とそこに通い始めた。

場所が悪いのか、先生が実直すぎるのか、その後の通院を重ねても、お世辞にもその医院は流行っているとは言えなかった。いつ行っても受付に居る一人っきりの看護師さんはアクリル窓の向こう側の椅子に腰かけ、肘をたてて小説を読んでいるのだった。ドクターと同じように瘦せ型の彼女は、光の輪が映りそうな綺麗に揃ったショートカットに、申し訳なさそうにナースキャップをちょこんといつも載せていた。

「すいません、診察を」

声をかけると彼女ははっとして読んでいた文庫本を裏返しにした。カバーもなく、文庫のカラフルなカバーには「ライ麦畑でつかまえて」とあった。

サリンジャーか・・・。中学か高校の時に自分も読んだ記憶がする。しかしそんな曖昧な言い方しかできないのは、肝心の中身を全く覚えていなかったからだった。青春小説だろう。しかし何故か全く自分に染みこまなかったのだ。しかしこれでも「ライ麦畑でつかまえて」を読了したと言えるだろうな、と思うことが当時の僕には大事な事だったのだと思う。

サリンジャーを読む看護師さん、それが自分には何か強い印象を残し、その時からその看護師さんが広げている文庫が気になって仕方がなかった。さて、次はサガンだろうな、そんな事を想像しながら通院するのも、おもしろかった。

通っていた会社の建物は昔の工場の後を利用したもので老朽化が進んでいた。確か勧告もあったのだろう、4,5年の勤務の後、建物は取り壊し対象となり自分たちの事務所は再び都心に移ることになった。

看護師さんともお別れだな、そう思い、最後の薬を貰いに行く。

まるでそれを待っていたかのように、ドクターは「今度ね、病院を畳むことになりました。今後の通院についてはどこか紹介しますよ」と言ってくださった。山羊さんは少し困ったような顔をして、寂しそうな笑顔を浮かべていたのだった。

「いや、こちらも会社が移転するんです」そう言って最後の処方箋を頂いた。看護師さんの横には文庫本がいつものようにあったが、書店のカバーがかかっていて何の本かは分からなかった。 ・・・カミュかな? モンゴメリかな? いや、そんな空想ももう無駄なことに、気づいたのだった。

事務所を離れる日は少し風が強かった。いつもの川は、風で運ばれた桃色の花弁に覆われていた。

旅立ちの春に、何かが終わったな、と思った。

永遠の時間をつぶし本の世界に入り浸っていた看護師さんにとっても次は違う社会が待っているかもしれない。僕はと言えばその春に子供は学校に入学し、会社では昇格し、それに伴う責任という二文字が大きな負担でもあった。

やることがなくて折り紙を折っていた、という奥さんの言葉には笑ってしまったが、実際それをやっているであろう姿を想像したなら、あの看護師さんと何ら変わりがなかったのだった。

* * *

今も彼女は本を読んでいるのか、二重線の入ったナースキャップで仕切っているのか、僕にはわからない。

子育てで目いっぱいだった奥さんも、今や手慰みに折り紙を折っている。自分は会社も早期退職し、再就職した会社は病で辞めた。

来し方の、長い時の流れを感じざるを得なかった。

去りし日に読んだ「ライ麦畑でつかまえて」、もう一度読んでみようと思っている。

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(2021年10月18日・記)