「ちょっと今混んでるから30分はかかるけど、宜しいですか?」
バンダナを鉢巻のように巻いた青年の面影を残す腕の太いお兄さんだった。やや尖り気味の眉毛が、昔はヤンチャだったのでは。と思わせる。漂う煙の中クルクルとなれた手付きで串をまわしてく。1メートル近くはあるだろうその焼台は、焼き上がりを待つ串焼きで山手線の車内のようだった。そんなお兄さんの丁寧な返答に、心が少し緩んだ。
夕方のスーパーの前に時々来ている軽トラベースの移動焼き鳥屋。今日のスーパーには余り来ないので初めて見かけた。
「タレでモモとツクネ、二本づつ、あと塩で皮となんこつ、一本づつね」。
「あれ、番号札はないの?」
「お顔で覚えてますから大丈夫ですよ。」
煙につられてフラフラ立ち寄った割には期待できそうだな。少し足取り軽く家内とスーパーに入った。週末のスーパーはさすがに平日よりは人が多かった。時間がかかりそうなので、食料以外の必需品を購入して、屋台に戻る。注文待ちのキューは少し伸びており、まだっぽい。しかし、言った通り彼は僕らを顔で覚えていてくれた。
「あ、もう少し待ってください。あと10分かな。」
特にやることもないので荷物を車において戻る。パタパタと小さな自家発電機の音もたくましい。もうもうとした煙が香しく、空腹にはよくないニオイだ。お兄さんの顔はさらに赤みが増して、焼台の熱気と注残さばきに、余念がない。傍目に嬉しい。
「・・・お兄さん、今日は大儲けだな」・・・・。
屋台の軽トラの作りはよく設計されたもので、素材の冷蔵庫、調味料入れ、焼台が要領よく整理されている。何気なく見ていて、ふと気づいた。あれ、この焼き鳥屋さんは厚木の会社なんだ・・・。そう、社名と住所、WEBアドレスが軽トラに書かれているのだった。リズムに乗っている彼に話しかけるのは躊躇があったが、厚木と知っては黙っていられなかった。
「お兄さん、厚木から来てるの?129号線の方なんだ。懐かしいね。僕は学校が厚木だったからよく知ってるよ。愛川町に友人もいたし。。山際の病院っていつの間にか廃院で壊しちゃったね・・・。」
「そーなんすか、お詳しいですね。自分気づいたころはその病院はもうなかったですよ。」
「お住まいもあの辺?」
「いえ、自分、会社が厚木ですが、座間ですよ」
「え。座間って懐かしい。僕住んでいたよ。学生の時ね。入谷にね。お兄さんは座間の何処?今の市役所のほう?」
「え、お客さん詳しいんですね。市役所の傍っすよ。」
「あー、じゃ教習所のちかくなんだ。あのあたりは定食屋もあってよく行ったんですよ」
「また遊びに来てくださいよ。何も変わらないっすよ今も。」
会話は尽きそうになかった。目線を焼台に置きながらも、丁寧を心がけているだろう彼の語り口調の端々には昔ながらの切れ味が感じられた。しかしそれは、決して嫌なものではなかった。ただ、コロナ下の焼き鳥焼きだ。衛生にも気を遣うし、何しろ焼台の熱気は半端ないだろう。くるくると手首をまわす毎に二の腕の筋肉が動く。見立て通り、腕っぷしはよさそうだ。
「はい、お待ち!」
焼きあがったか。4本の串を片手につかむとぐっとタレ壺に漬ける。垂れ落ちるタレが焼台に落ちるとジューッといい香りだ。ポリ内装付き紙袋に入れて熱圧着。行為の一切に無駄がなく、見事に流れていた。それは間違えなくプロの手つきであり、太い腕がなによりもその証左だった。
「上手いもんだね、お兄さん。おいしそうだよ。いつもここに来てましたっけ?」
「ありがとうございます。いや、自分、ここに来るには週末だけなんです。」
「平日はどこに店出してるの?」
「綾瀬とか大和とか平塚ですよ。やっぱり県央中心です。鶴見のこの場所なんて、地元の人に行っても絶対知らないっす・・、ちょとした旅ですよ。流れ旅。」
「ここはずいぶん厚木エリアから遠いからね。戻るのも遠いし、ご苦労様」
とても暖かい紙袋を手にするとお腹が急にへってきた。今宵はビールが進みそうだ。
「座間まで、気を付けて戻ってくださいね」
「毎度っす。週末又買いに来てくださいね」
すっと話しかけて彼はもう次の串に移っていた。手が空けばはたはたと団扇を焼き鳥にあてる。すると芳香がさらに一帯を包んだ。
みんな頑張っている。
妙に嬉しくなった。厚木からわざわざここ横浜まで、距離は30キロか40キロか。薄利多売の焼き鳥だ。セントラルキッチンで作られたものを焼いているだけだろう。しかしそれは間違えなく彼の入魂の作品なのだった。自らを渡り鳥と言っている彼は、渡り鳥ではなく、美味しさを運んできてくれる素晴らしい鳥だよ。これをありがたく頂ける、なんだか涙ぐんでしまった。
兄さん、あなたの焼いている焼鳥はみんなを幸せにしてくれてるよ。それはすごいな。ほら、こんなにまた注文増えたね。皆あなたの入魂の一串を味わいたがってるんだよ。僕は今日が初めてだったけど、誰もがあなたの焼いた串が美味しいのを知ってるから、また来るんだよ・・・。
奥さんがエコバックに焼きあがった袋を入れる。このスーパーにはまたご馳走になりに来たい。人に、幸せって何だろうか、という事を感じさせてくれる、素敵な場所だった。
独りぶつぶつとつぶやきながら、奥さんを追いかける。汗をかいた缶ビールが頭の中に浮かぶ。家まであと10分、我慢のドライブだ。ほくほく、頂くぜ!お兄さんよ。