日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

ダートフォードとカーナビー通り

高速道路のサービスエリアだった。新宿から首都高速道路を西へ向かう。高井戸料金所から先は中央高速道路と名を変える。調布から八王子までは正面に高尾の山々を見る事になる。戦時中は陸軍航空隊が駐屯し首都防空の要だった調布飛行場。それを過ぎるとビール工場と競馬場を確かに通り過ぎる。それは荒井由実が「中央フィリーウェイ」で歌にした風景。デート帰りの男女の甘く寂しい空気感を風景に落とし込むという、ユーミン超一流の世界がそこに在る。その先中央高速は高尾山の麓から峠を抜けて相模川の谷に分け入る。山梨県に入って直ぐに休憩を取った。

これまでも何度となく使っていたこのサービスエリアはここ数年、とくにコロナが明けてからは特に人が多い。大型観光バスがいくつも停まる様は壮観でもある。と同時にトイレは混雑しそこらじゅうで煙草の煙も上がる。喘息持ちで煙草の煙が苦手な自分は大きく息を吸ってから走り抜ける。するとそこにはドッグランがある。自分もそうだが犬も車は疲れるだろう。まずは休憩。リードを離すと喜んで走り回る。そんな風景を嬉しそうに見ている西洋人夫婦が居た。自分と歳は変わるまい。二人とも表情が豊かだった。

犬が好きですか?会話のとっかかりとしては良い台詞だろう。あら、この犬はシーズーでしょ。うちにもブルドッグが居たのよ。とてもキュートね。

バンピーなアクセント、ブルドッグ・・・。鍵は幾つもあった。UKからですか?と水を向けるとその通り、イングランドからと言い直された。ロンドンの西南部から来たという。富士山を見に行くツアーなのよ、と後ろの観光バスを指さした。英国人。自分の胸の奥にあるロンドン愛を彼らに伝えたくなった。僕はロンドンにどれほど憧れていただろう。なんといってもロックが、自分の好きな音楽が生まれた街だから。赤い二階建てバス。小さなチューブ。馬に乗った警官。石畳、すべてが憧れだった。1960年代。ここでストーンズが、キンクスが、スモール・フェイセズが、ザ・フーが活動していた。ポール・ウェラーもロンドンだ。ドイツに住んでいた二年の間、幸いに月一回はロンドンへの出張があった。仕事なので余裕もなくマーキーと言う伝説のクラブなどとうてい行けなかった。

ロンドン西南って、ダートフォードは近いですか?

彼らは驚き、何故あの街を知っているの?その近くよ、と言うのだった。ミック・ジャガーキース・リチャーズのホームタウンでしょ。ロンドンから電車で見に行ったから。するとすぐに来た。ローリング・ストーンズね!と。挙句男性の方はサティスファクションのリフを口ずさんだ。これで僕はようやくロンドン愛を語ることが出来る。カーナビ―ストリートに行きたかったとなと言うと、ロックが生まれた街ねと返ってきた。

もちろん母国を褒められれば嬉しいのだろうが、かれらはゴミ一つない日本の清潔さを口にしていた。言葉を借りるならばウェル・オーガナイズドと言う事だ。さらに高速道路のパーキングにドッグ・パークスがあることに驚いていた。英国に憧れる禿げた男。日本に感心する英国人。自分の憧憬はロックという小さな点に起因するが彼らの日本への関心はもしかしたらもう少し広範囲なのかもしれない。

サービスエリアは多国籍だった。中国、韓国、ベトナム、タイ。アメリカ、イギリス、フランス…。そういえばこの高速道路の先にある富士山山麓にある人工雪スキー場でタイ人ツアーに出会ったことを思い出した。もう十年昔の話だが、観光バスから降りてきた一団はゲレンデの雪を見てはしゃいだ挙句転んで喜んでいた。今はどうなっているのだろう。

ロックが好きでいつかダートフォードとカーナビ―通りに行きたいと思う初老の男もいれば、この国に魅力を見出し長時間飛行機に乗ってくる人達もいる。願わくば彼らが良い点と思えるこの国の良さがずっと維持でき、又来てくれればよい。そんな事を考えた。

 

街にロックの香りが漂う。憧れの街。