中距離列車に乗るがロングシートだった。クロスシートの車両は、向い合せ席になるし収容人数が少ないからか、いつしか見なくなっていた。一両の長さが二十メートルに三扉だから一つのシートは長い。都心の通勤車両が同じく二十メートルで四扉なのに比べると、やはりのんびりとしている。
山を見ながら居眠りをしていると健康的な笑い声で目が覚めた。自分が乗った駅では手に届きそうだった南アルプスは遠ざかり、雲に隠れていた。自分から一つ置いて二人の女子高生が座っていた。向かいの席にも幾人もいた。笑い声はそこから湧いていた。先程まで乗っていたニキビの男子高生達はいつしか降りていた。今はカッターシャツやリボンの付いたブラウスなりは着ないのだと知った。男女ともに校章の刺繍のついたグレーやネイビーのポロシャツだった。この暑さだ、ポロシャツだと快適だろうな、と思った。
高校生たちは笑い、時にスマホをいじっている。若さは弾け合い空いた車内を満たしている。県庁の町の駅で彼らは降りていった。代わりにまた違う服を着た高校生たちが乗ってきた。よく日焼けした男子高生が向かいに座った。練習のし過ぎで痛めたのか、膝に関節の動きを支援する装具をつけていた。長い手足に日焼けした顔。ダンクシュートが得意そうに見えた。バスケットボールでもやっているのだろうか。練習で怪我したか、あの足では彼の夏休みは終わってしまっただろう。しかしそれでも彼は学校に通っている。一心不乱に手にしたテキストを読みラインペンを引いている。太い眉毛は何か強いものを感じさせた。物理の教科書だった。
夏の終わり、九月最初の月曜日は来週からだった。車内に降り注ぐ日差しは既に何か物悲しく弱々しい。しかしどこか強いものを残している。秋だった。
少し寂しかった。それは車内にいた明るい彼ら彼女たちが、一心不乱に本を開く彼が居なくなったからかわからない。明らかに若さのエネルギーは車内から去り代わりに棘を失った光が、すうっと無遠慮に忍び込んできたからかもしれなかった。
中央線上り電車は東を目指す。この列車の終点で今度は四扉の忙しい電車に乗り換え、僕は都会という大空間に飲み込まれていく。人々で溢れ酸素の少ないその場所は、感傷という心の襞を見返る余裕を許さない。次の駅で降りて、反対側に来る列車に乗って家に帰りたいと思った。そこにはゆったりと流れる時と鳥の鳴く里山に美味しい空気と水がある。しかし秋の陽の作る自分の影とビルの谷間の影を重ね合わせるのも悪くない。
僕は列車に乗り続ける。