日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

嫁入り

高原に移住することを決めた時に、おぼろげに庭の案を考えていた。それは自宅の庭を里山の雑木林にしようというものだった。新緑から紅葉、落葉迄四季おりおりに表情を見せる落葉広葉樹は心から自分を癒してくれる。特に自分は地衣類が造り上げる美しい紋様を纏ったブナの木が大好きだった。ブナ信奉・偏愛者だった。草花もガーデニングの為のものではなく、自然にある野生のものが好きだった。幸いに自分の土地の東側には小さな沢があり、そこは深いミズナラの林だった。その林と自宅の庭が一体化すればよいと思うのだった。

もともとは畑だった土地には樹木らしいものは無かった。唯一カリンと南天が茂りそこにボケが加わっている、そんな土地だった。しかし春の盛りには一斉にスギナが生えてくる。見苦しい雑草ほど生命力は旺盛で不気味だ。そこらじゅうに生える。地下茎で繋がっているから生えたものを摘めばよいという話でもない。秋には枯れるが茎は越冬してツクシとして顔を出す。これが胞子を出すので、あの忌々しい物を見つけたら片っ端から処分したい。いたちごっこはたいてい人間が負けてしまう。スギナに関して言えばやるだけやってあとは「秋を待つ人」になるのだろう。

小さく可憐な高山植物があれば心は晴れ胸は躍るのだが生育環境が違いすぎる。樹木同様に草木も山に生えるものが欲しかった。近所に造園屋は幾つもある。大型の樹木に加えある程度の庭木はそこで頼んだ。今、庭に隙間があっても彼らが成長すればそれは埋まってくる。先を考えて樹を増やすようにと綺麗に手入れされた庭を持つ友人に言われた。

自分達は二人で住んでいる。家内の意見も大切だった。彼女は自分の様な山の草木の信奉者でもなく、かといって観賞用の花が好きでない自分の嗜好を考えてか、自然に近く可愛らしいものを選んだ。植えてみると里山らしさが漂っている。ありがとうと伝えた。

ブナ、コナラ、カシ、ソヨゴ、ヤマツツジアセビ、それらに加え家内の意見でドウダンやコデマリアナベルにブルーベリーなどを選んだ。それらは全てが樹木だった。里山には草木も花も必要だった。ガーデニング用の花を売る店、野生の草花を売る店、一口に草木園と言ってもそれぞれの店はある分野に特化していた。追加の樹木同様に草木はじっくりと選ぼうと話した。

長く山を歩いているくせに自分の野草や花の知識はあまりに少ない。覚えてもすぐに忘れてしまう。ガーデニング用の草木園は家内は喜んだが自分は今一つだった。河岸を変えて野生の草花を扱う野草園に足を向けた。今度は自分が目を輝かす番だった。しかし彼女は自分よりもネットで知識を多く仕入れていた。自分よりも熱中している。それが嬉しかった。

ヤナギラン、シラン、トリカブト、レンゲショウマ、ノリウツギ。すべては小鉢入りだった。あるものは既に花季を終えておりあるものは未だ咲いていた。来年になるのだろうか、いや再来年かもしれませんとも言われたが、赤紫、紫、ピンク、白、これらが庭に咲いたならどんなに美しいかと、想像するだけで嬉しかった。明日はガーデニング用草木園にも行ってみようと話した。

好きな木を選び、好きな草木を選ぶ。二人とも全くの素人だが、まるで夢中だった。購入した草木は小さな段ボールに入って我が家に到着した。自分の土地は赤土だが、黒土に腐葉土を混ぜて改良してくださいと言われた。それも買った。なにもかも勉強だった。

三十五年、いや五十年も昔までは、花嫁の家族は結婚後の生活のために必要な家財を娘に持たせた。嫁入り道具だった。自分達も一部それに近かった。酷い話だと思ったが幸いにそんな風習は娘の代では消えていた。しかし大切に車に載せてきた段ボールを見て、道具箱に思えた。ああ、草花のお嫁入りだ。土地を改良し、大切に植えよう。三十年、いや十年でも良い。枯れずに育ってほしい、そう思うのだった。

車のカーゴルームに箱の載りやってきた。草木の嫁入りのように思えた。