日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

こだわる人

何事も自分の好きなことに熱中している人は傍から見ていて面白い。と言うよりも、良くもそこまで掘り下げるなと関心してしまう。手始めに彼にそれを質問した時、あまりのその世界の奥深さと彼のこだわりに畏れ入ってしまった。

彼は嬉しそうだった。念願の物を手に入れたという。それはとあるロックバンドのLPレコードだった。そのレコード盤は自分も高校生の時に持っていた。しかしレコード盤は家でしか聞けない。当時はカセットテープをポータブルで再生するウォークマンが世に出たころで自分もそんな夢の道具に夢中だった。通学の際にはヘッドフォンを耳にしていつもそれを聞いていた。LPレコードはそれをカセットテープに録音する際に一通り聞いてからは大切にしまっていた。普段使いはカセットテープとウォークマン、そして自宅ではカセットデッキだった。余りLPレコードには執着が無かったのだろう、CDの時代になってからはすべてそれに置き換えてしまい今はLPレコードも手元にはない。

ハードロックと言うジャンルが今どれほど市民権を得ているかわからない。ギターソロを飛ばして楽曲を聴くという聞き方も今ではあるようだから、歪んだギターの音をバンドサウンドのかなめに持ってきたハードロックなど今は廃れているのだろうか。歪んだギター、金属的なボーカル、重たいドラム、ボトムを支えるベース。これにイカれたのは17歳だった。英国のロックバンド、レッド・ツェッペリンだった。彼らの曲はわかりずらい。キャッチーな曲など数えるほどしかない。聴き慣れるのには訓練が必要だった。しかしメンバー四人の創り出す音がとてつもなく重たいものでそれは高校生の単純な頭のヒューズを飛ばすのには十分だった。カセットテープに録音したそれを余りに大きな音でウォークマンで聴いていたのだから「周りの人に迷惑だから音を下げたほうが良いですよ」と乗っていたバスの運転手さんに注意された。社会に対して反抗心があったわけでもないので素直に従った。

この辺りで自分もすでに「こだわる人」なのだろうが、友人は違っていた。彼の手にしたLPレコードは数十万円と言うのだから驚いた。理由を問うと、最初のマスターで作ったファーストプレスだから、と意味不明な事を嬉しそうに言うのだった。何となくではあるが、スタジオで録音した生音に一番近い録音だ、と理解が出来た。そこで彼にLPレコードの何処に価値を見出すのかを聞いてみた。一枚数十万円をはたいて英米の主だったロックバンドのファーストプレスばかりを集めている彼に聞いたのは間違えだったかもしれない。イギリス版とアメリカ版の両方を集めているのだった。

彼の説明はLPレコードの作り方の説明になった。それを聞いて肯く事が多かった。聞き伝えになる。正誤については勘弁願いたいと但し書きをしたうえで記すのは、なかなか面白い行程だしファーストプレスにこだわる理由が少しだけわかったからだった。僕は彼の説明を近所のカフェで聴きながら拙いメモを取った。

(1)ミュージシャンが演奏を録音する。マスターテープとなる。
(2)それをアルミ材の円盤に音溝に掘っていく。その際にラッカーを塗るので「ラッカー盤」と呼ばれるらしい。音源は凹に掘られる。
(3)すみやかにメッキを施して「マスター盤」が出来る。凸で音源が出来上がる。
(4)これに金属の円盤をあわせると今度は音源が凹に刻まれた盤が出来る。マスター盤に呼応している。これを「メタルマザー」と呼ぶ
(5)メタルマザーを用いて盤をあわせる。今度は凸が音溝になる・・・・マスター盤と同じはずだ。これを「スタンパー」と呼ぶ
(6)スタンパー一枚で1000から2000枚のLPレコードが作れる。当然LPレコードの音溝は凹になる。自分達が手にするものはこれになる

と言う事の様だった。一枚のマザーからネズミ算のように広がる世界はたちまち僕の頭を痺れさせた。レコードの音溝は凹だが、そこに至るまでに凸凹を四工程に造ると理解した。さて彼が大喜びしたファーストプレスとは最初のスタンパーで作られた一枚目ないしはごく初期のロットと言う事だろう。とうぜんメタルマザーは多くのスタンパーをつくると「へたれる」だろうしスタンパーも同じ、となる。そこで最初のスタンパーで作られたプレスが如何にミュージシャンが録音したマスターテープに近い生々しさを維持するかがようやく理解できた。劣化を最低限にした音と言う事だろう。また彼レベルのコレクターになるとカッティングを施した技師に拘るという。それはレコードの空白部分にエンジニアの頭文字として刻まれているという。当然彼には好みのカッティング技師が居るのだろうが、さらに言えばとうに引退か他界しているだろう。話を聞きながら自分の頭はLPレコードの様にぐるぐる回り始めて意識は遠ざかった。

レッドツェッペリンは1968年にこれまでになかった重たい音を出すロックサウンドで衝撃のデビューをした。ハードロックの開祖と言われるがどうだろう?初期はブルースをヘヴィに演奏しているがあれがハードロックなのか?三枚目からはブリティッシュフォークやケルトサウンドもあった。その後はファンクやレゲエも取り入れる。ヘヴィブルースへの回帰もあり今度はロカビリーからAORテクノポップへ。総てを彼ら流に取り込んだバンドを一言で片づけるのは難しい。プレイヤーとしても優れた力量を持つ四人組だったが腹に響くリズムを叩き出すドラマーが1980年に他界した。酒を飲みすぎて嘔吐物で窒息したというのだからいかにもロックスターらしかった。彼が死んだとき自分は17歳だった。丁度熱中して聴き始めていた頃でその衝撃も大きかった。勉強に手がつかなかった。彼以外のドラマーは居ない、とバンドは九枚のアルバムで解散し伝説となってしまった。以来自分は大きな音を出しても文句の来ない車の中でスピーカーをビビらせながら聴いている。血圧は180を超えているだろう。アクセルを踏みすぎぬようにしなくてはいけない。

友が手にしたという一枚数十万円のファーストプレスは1969年に世に出た彼らの二枚目のアルバムだった。このファーストプレスは「爆音プレス」という名でファンの中ではつとに有名だという。「聞きにおいでよ」と気さくな彼は誘ってくれる。しかしそれは怖くてできない。自分がこれで良しと思っていた音がすべて陳腐化されることは目に見えているのだった。

まずはマニアのこだわりを知り、それを楽しむ人の表情を見る事で自分は良しとしたい。齢六十を超えた男があれほど嬉しそうに話をすることは見たことが無いしそれは聞く自分も同じだった。世の中は広いと知った。自分はこれで満足するのだ。今でも十分すぎる破壊力のサウンドなのだから。

理解が正しければ・・。マスターテープ、ラッカー盤、メタルマザー、スタンパーと四工程を経て黒いLP版が出来る。当然工程の産物は物理的にヘタレるから若いものほど音が生々しい。なるほどと膝を打ったが、それに数十万円投ずるというのだから、こだわる人は凄いと思う。

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