日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

神父様とのお話・エデンの園

神父様。牧師様。はて違いは何だろう。ドリフターズいかりや長介が扮していたのはどちらだろう。結婚式を教会であげたなら彼はこう言っただろう。「辞める時も健やかなる時も彼・彼女を愛しますか」と。とても素敵な言葉だと思う。黒い道衣を着て教え示してくださるお方。神父様にせよ牧師様にせよ、自分を含めた多くの日本人にはそんな印象を持っているのではないか。

機会があり、ある神父様とお話しすることが出来た。僕は自らの悩みを話した。信者でもない自分に神父様は真摯に対応してくださった。少しだけ明るい光が射した。あとは世間話になった。

人間とは罪深いのです。と言われた。エデンの園を考えてみてください。神様が作ったその土地は六日間かけて豊かになった。野菜や果物が豊富で美味しい水も流れていると。神様はアダムを創りそのあばらからイブを創られた。男女の二人は羞恥心もなく、天真爛漫にその楽園で何も考えずに楽しく過ごしていた。安住の地を与えましょう。ただ、一つ、ある樹の実だけは食べてはいけませんよ。善意を知る知恵の木です。それが約束ですと神は言われた。しかし好奇心に負けイブもアダムも禁断の実を食べてしまう。蛇がそそのかしたとはいえ禁を犯してしまう。罪と罰はそこから始まる。・・・まったくたった一つの約束も守れないのだから。人間の悩みはそこから始まったのですよ。まったくあいつらは何も考えない能天気だったのです。

なるほどと思った。神父さんの話は面白く、とても厳かに訓戒を述べる印象ではなかった。分厚い旧約聖書天地創造の話も身近に感じられた。気が楽になった僕は少しスイッチが入ったのだろうか。どれほど素晴らしい楽園なのかと軽口をたたいてしまった。

- 駅前や繁華街によくありますよね。「エデンの園」と書かれたピンク色の看板が。さぞや素敵な場所なのでしょうね!

すると彼は目を細めて嬉しそうに、とても楽しそうに笑うのだった。ハハハ、と声を出された。その微笑につられ僕は場末のキャバレーだか裏通りの〇〇〇サロンあたりにでも行きたくなった。笑いの奥で神父様は思っただろう。よし、これで迷える羊は、光を得たな、と。

そこは都会の、大きなビルの谷間にある静かなカトリック修道院だった。神父様の仕事とは、迷える人々に道を照らす事。難しい訓戒でもなく、笑い話の一つででも気楽になってもらえること。何と素敵な場所だろう、と思うのだった。

そこは都会の修道院だった。こんな高原に教会があるのならふらりとお話を聞きに行きたいものだと思う。なにか光が見える事だろうから。

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