日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

カフェの彼女

久しぶりに立寄った新幹線の駅だった。西の街へ向かうためだった。待合室に入ると淹れたてのコーヒーの匂いに包まれた。懐かしい時を思い出し思わず、顔を探した。

朝一杯のコーヒーは体を目覚めさせてくれるだろう。イタリアンローストのカプチーノよりも薄めのアメリカンコーヒーが朝には向いていると自分は思う。あまり強いコーヒーは少し胸焼けを起こしかねない。お湯のようなアメリカンは目も覚ましてくれるし胃にも優しかった。しかしたいていギリギリまで寝ているのでコーヒーなどそんな優雅な時間はなかった。

朝のコーヒーにありつけなかったのは他に理由があった。心の病だった。部門をまとめるべき自分はとても上手くやっているとは言えなかった。自分の決めた方針に対し部下から様々な疑問や突き上げがあり、やがて管理職としての自らのあるべき姿と今の自分のギャップに心と体のバランスは崩れ、会社に行くのが辛くなった。精神科の医師は「適応障害」という病名を自分に告げた。抗うつ薬の効果があるように思えず頓服の精神安定剤はお守りだった。希望して配属を変えてもらい隣県にあった工場の閑職に身を委ねた。工場の街へは最寄りの駅から新幹線で通うことになった。

新幹線の駅で列車を待つ間は構内の待合室で過ごしていた。カフェが中にあり良い香りがしていた。今日も出社か…。 不安を抑えながら待合室の椅子に座っていると明るい声が聞こえるのだった。

「おはようございます!ご注文は?」

向かい側のカフェからだった。三十歳半ばだろう、痩せ気味の女性だった。ショートボブが白いシャッと黒いエプロンによく似合っていた。美人というよりは清楚だった。笑うと白い歯が見えて辺り一面が明るくなった。シフトによってはカンウターの中に居ない日もあった。奥でパニーニを焼いている時もあった。ハズレくじを引いたな、と思うのだった。

毎朝彼女の明るい声と笑顔に接して、いつしか僕は彼女を好きになっていたようだった。すると心の病がゆっくりと消えていくのを感じるのだった。朝の寝覚めも良くなった。

時と共に駅に向かうのが苦痛でなくなった頃に、明るい挨拶につられて初めてカウンターに立ち寄ってみた。ドキドキと緊張した。彼女が手渡してくれたからか、出てきたアメリカンコーヒーは美味しかった。何か話しかけたいと思ったが話題もすぐには浮かばなかった。世間一般のお礼を述べるのが精いっぱいだった。…彼女の向こうには平穏な日常がある。彼女の向こうは明るい世界だ、そう彼女の声は思わせた。僕が惹かれていたのはそこだった。

時間の経過とともに心の病はいつか消えていた。環境の変化が大きかった。その頃自分は役職定年を迎え工場の勤務を離れ、数か月後には早期退職をした。もうあの駅には縁が無くなった。その後病に罹患し、いつかカフェも忘れた。流れる時の中に何もかもが風化していった。

数年ぶりの今朝方の待合室にて、ここで自分は鈴を振ったような声を毎朝聞き、傷ついた心の薄皮を一枚づつ剥がしていたのだ、と、たちどころに思い出した。

急かされるかのように目で探していた。しかしあの素敵な「カフェの彼女」はそこにはいなかった。仕事を辞めたのか、他店に移ったのか。いや違う。自分の病が癒えたので彼女はどこか次の彼女の声と笑顔を必要とする人の下へいったのか。きっとそうなのだと僕は考える。

心を支配していたあの黒い闇もよく見ればコーヒーの色かもしれなかった。ならば安心だろう。あの時鈴を転がしたような明るい声と温かい手で渡されたコーヒーカップの中にそれは溶け込み、飲み込んでしまったのだから。

もう僕にはコーヒーは要らなかった。乗るべき電車の到着を告げるアナウンスが待合室に流れた。…出発だ。

一杯のコーヒーを頼むまで、時間がかかった。一枚一枚時間をかけて心の薄皮をはいだ時、ようやく頼めた。

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