日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

怖い虫

近所のハンバーガーショップに時々出かけるのはハンバーガーが食べたいわけでもない。米国発祥で世界中に店を持つそのチェーン店の一つで学生の時に半年程度アルバイトした。懐かしさから行くわけでもない。確かにたまに食べるとそれなりに美味だが、今ならもう少しお金を出してより重量感があるものが食べたい。1000円はするだろうがそれにミラーライトでもあれば気分はアメリカだ。残念なことに全部食べるころには満腹になり紙に包んで持ち帰ってしまうだろう。

この店のコーヒーがなかなか好きだ。数枚のコインで気軽に飲めて店内は時間を選べば長居できる。PCを持ち込んで考え事をしながら何かを「書く」のに向いている。色々な人がいる。皆何故ここにいるのだろうなどと考えていると頭に様々な想像が浮かぶ。家内には悪いのだが時間を見つけてはこんな場所で一人でいる事が好きだ。とりとめもない事が浮かんでは消えていく。そこから心に引っかかった事があればPCに残せばよい。

店のレジに並んでいた。若い家族ずれには人気なのだろう。店内に人は多いがほとんどがモバイル・オーダーで自宅から発注済だった。自分のように店のレジに並ぶ客も減った。それは店内のカウンター構成を見ても明らかで、注文を受けるレジ付きの端末は数台しかなく、注文品を渡すコーナーが多かった。時代は変わった。そんな中に時々知った顔がいる。娘が小学校低学年の頃の同級生のお母さんだった。ずっと勤務されているからもうベテランでチーフ級なのだと思う。若い学生バイトを仕切っていた。

注文を終えて足元を見ると何かが動いていた。ゴキブリであっては欲しくない。ほっとしたことにそれはコガネムシのようだった。店の外の植え込みから来たのか、空いた窓から飛んで入ってきたのか。小学高低学年の男の子を連れた母親が「きゃっ」と少し声を上げてたじろいだ。男の子も「怖い」と言うのだった。今の男の子は虫が触れないのだろう。チーフと思しきあの彼女が店内からティッシュを手にきびきび出てきた。いや、待ってください、と手を挙げてその虫を追いかけた。

虫なりになんらかの身の危険を感じたのか動きが速い。飛ばれたら最後なので手を丸めてスペースを作った形で上からそれを被せた。拳骨を固めるとしっかりと虫の感触があった。つぶさぬようにそのまま店の扉を開けて植え込みに向かって投げた。彼はツツジの葉の中に着地した。

夏は虫の季節だが多くの夏の虫は短命だ。ことに蝉ははかない。道路の片隅など目を凝らすとよく裏返って干からびている。せめて土の上でひっくり返ればいいのにな、と思いながら見るだけだった。彼らは夏の日差しを浴びるためだけに生まれてきて、子孫を残す手立てをしたら土に還っていく。さきほどのコガネムシはどうなるのだろう。生垣の中に入ったからすくなくとも車に轢かれることはないだろう。

「彼らは怖い虫ではないんだよ、ただ、この季節だけを大切に生きているだけなんだ。」そんなことを伝えたかったのだが、下手にそんなことをお母さんと子供にでも言おうものなら変人扱いされて無視されるか、どこかのサイトに投稿されてバズるのが関の山だろう。

「逃がしましたよ」、カウンターのチーフに言うと彼女は安心したかのように頭を下げた。昔から知っている表情だった。チーフの彼女もずっとこの店で頑張っていたのだ。

冷房の効いた店内では紙コップのホットコーヒーはすぐに冷める。自分の周りに座っている人たちもメンツが入れ替わっていた。長居をしすぎたのかもしれない。とりとめもない時間だったがそろそろ帰ろうと思う。自分とて地球規模で見れば夏のコガネムシのようなもんだ。ただ、僕は夏だけではなく四季をずっと楽しんでいく。だから無理せず営みをなしていく。そんな当たり前のことを考えたことですら、自分には貴重なひと時だった。

大手ハンバーガーチェーンにて。地元に長く住むと従業員さんにも知った人がいる。皆それぞれの人生を歩んでいる。コガネムシはひと夏しか生きないかもしれないが自分達はまだまだ長く輝く。

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