日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

霧に溶けゆくニッコウキスゲ

初めてニッコウキスゲの花を見たのは何処なのか?消えかけている記憶をたどって、それは北アルプス常念岳だったと思い出した。正確に言うと常念岳から蝶が岳へ向けての縦走路だった。大きな常念岳を喘いで登りきりガレ道を南下すると尾根道はいったん森林限界の下まで標高を下げた。又上り返すのか、と前方に立つ蝶槍の峰を見て辛い気持だった。その最低鞍部から少し進むといったん樹林帯を抜け出し広い原にでた。そこは黄色い花が咲き乱れていた。マルバタケブキかと思ったら全く違う。橙色のラッパだった。それがニッコウキスゲとの出会いだった。黄橙色でやや大きめの花弁。雄しべも雌しべもよく見ると多少毒々しい。そこは記憶によると湿地帯ではなかったが体が潤ったのは何故だろう。渡る空気の流れがニッコウキスゲの花を揺らし、その結果、風は鮮やかにオレンジ色だった。それが汗ばんだ自分には心地よかったのだ。そのおかげで蝶槍へのルートを登りきれたのだろう。

ニッコウキスゲと言う以上、それは日光にあるべきだろう。どこだろう、戦場ヶ原なのか。いやもしかしたら霧降高原かもしれない。風の通り道にある日当たりの良い斜面が向いているような気がするからだ。それほど常念岳での印象が強かったのだろう。改めてネットで調べて見るとニッコウキスゲは亜高山帯を中心に本州中部から北部で自生するとある。日光に多く見られるというのはそのようだった。高原の初夏を彩る花と言う事だった。実際自分は多くの山でこの花を見てきた。

霧の中にニッコウキスゲが咲き乱れていたらさぞや綺麗だろうなと思った。霧の粒子にキスゲの黄色が溶けあうと、空気の粒子が鮮やかになる。それが風の力で流れると、きっと空気は初夏に満ち溢れる。それは果たして現存する世界だろうか、などと思う。

長野県諏訪湖の北部の車山高原。別名は霧ケ峰。丁度今がニッコウキスゲの見ごろと聞いた。霧ケ峰は夏山の軽いハイキングや冬はクロスカントリースキーが楽しめる良いフィールドで何度も来た。なによりも霧ケ峰と言う名前が素敵だと思う。ひと夏を文筆の為にそこにあるヒュッテで過ごしたという日本百名山の著者である深田久弥氏の霧ケ峰についての記載は、霧ケ峰の所以を感じさせてくれるものだった。霧はいくつものかたまりになってそれが押し合う様なさまで押し寄せて少しあるくとヒュッテのありかも見えなくなった。そんな記述だった。たまたまこのあたりまで来る所用があり、時間が取れたので高原の美しいオレンジの風を感じたいな、と妻と登って来たのだった。

実際百メートルも進んで後ろを振り返るとそこは乳白色の霧が満たしていた。目線の高さから霧に溶け込むまで咲き乱れるオレンジの花に、ただ二人で見とれた。戻れないのではないか、と少し怖くなりやや慌てるように戻った。霧の下に駐車場が見えた。

こんな花が庭にあればよいだろうな、と思うのだった。しかし亜高山帯の花ならば無縁だろう。ならば季節になれば見に行けばよい。年齢を経た事もあるのだろうが野山にさりげなく咲く花が好きになった。それは鉢植えの観賞用の花ではなく自然に根差した、自生する花だ。残念なことにすぐに名前は頭から離れてしまう。しかし少しづつは憶えている。いつどこに行けば出会えるかも知っている。今の自分にはそれらはとても大切な友人だ。友人は多いに越したことはない。

百数十キロ彼方の友人にはまた来年会うだろう。またそれが霧の中だと素敵だろう。

霧の中にニッコウキスゲの群落があった。乳白色に橙が溶けた初夏らしい空気だった。

 

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