先日虫干しした古いテントが話しかけてきた。
「折角ならこんなコンクリートの上でなくて土の上に張ってよ。」
そうか、ならば行くか。6月もほど近い日だ。気候も良くなったし、何よりも入梅前の好天だ。平日に車で二時間半も走ると意外に遠出ができるものだ。
そこは好きな山の展望が得られる場所だった。
まだ日は高くテントの中はたちまち温室のようになる。僕は持ってきた双眼鏡で見える山々をもれなく検分する。ぐるりと自分が踏んだ峰々が並ぶのだ。稜線のそこかしこに懐旧があった。日が傾くと思いの外に空気が締まってきた。念の為にと持ってきたフリースを着こむ。はやセーター姿の家内は犬にも温かい胴着を着せてやった。
テント泊は一昨年までは毎年当たり前の話で特段どうもない。がそれは登山での話。登山と離れ、こんな風に家内とテントで寝るのは何十年振りだろう。ファミリーキャンプ、今ならそう言われるだろうか。確かに25年以上前に家内と娘達とともによくキャンプしたものだった。あの頃は子供も小さく自分も若かった。大きいテントを平気で山に持ち上げて幕営した。それは毎夏の楽しい家族行事でもあった。バーナー一つで作る山の料理は大したものではないがそれでも皆喜んでくれたのではないか。子どもたちは巣立ったが彼らには何らかの影響を与えたのか、その一人はおかげで昨夏ソロキャンプデビューしたよ、と連絡を寄こした。
還暦を迎えようとする夫婦とシニア犬が30年前の古いテントで時を過ごす。
ランタンなど昔は重くてホヤを壊さぬよう扱いも大変だった。しかし今は軽くて操作に気を使わないLEDがある。シングルのガソリンストーブはとうにガスに代わったがそれすら持ってこなかった。テルモスにコーヒーをいれてきただけ。お手抜きの今日のメニューは下界で買ったものを食べるだけ。それでもいいのだ。気負わずに、のんびりやる。
自分の気まぐれなリクエストに嫌がらずに付き合ってくれる家内と犬には頭も上がらない。
夜露に濡れるテントから頭を出すと空から星が降ってきそうだ。都会では味わえない空気感。
天に、地球に、家内に。そして自分の体にもありがとうだ。なにせ一年前はまだ放射線と点滴の日々だったのだから。
チタンマグカップの安ウィスキーもなくなった。ナイロンの「旅の家」で大地に間借り。こんな旅の形は、悪くない。シュラフに潜り込む。なんと素敵な夜だろう。