日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

大パイプか、ポジティフか。爪で弾くか?

一人の作曲家の一つの作品が幾通りもの楽器で演奏される。狙いは楽器の表現力の違いを味わおうというところだろうか。

しかしそんなふうに演奏される作曲家といえば誰だろう。自分にはバッハ、しいて言えばスカルラッティ位しか思い浮かばない。バッハには数え切れない程の鍵盤曲がある。もともと教会のオルガニストであったバッハは大量のオルガン曲を書いたし、クラビィア曲もまた同様だ。

当時存在していた楽器は、空気でパイプを振動させるパイプオルガン、そして弦を爪で弾くチェンバロハープシコード)の2種類しかない。弦を叩いて音を出すハンマークラヴィーア(ピアノ)が世に出るのはまだ先の話。

現在バッハのクラビィア曲はピアノで演奏されるのが主流だろう。現代ピアノ。華麗できらびやかなスタィンウェイでも、硬質でもあり柔らかくもあるベーゼンドルファーでも、バッハの音楽は素晴らしい。しかしこれらをピアノではなく当時のチェンバロで、そしてオルガンで弾こうという試みは今に始まったものでもない。

実際自分も初めてピアノで接したあらゆるバッハの曲を、異なる鍵盤楽器で聴くことで新たな魅力を味わうのだった。好奇心をこれほどくすぐられる事はない。オルガンにはオルガンの、チェンバロにはチェンバロの良さがある。異なる楽器で聞いてみると、あれ?と思う。フーガの線が明確だ。ゼクエンツの変化に彩がある。そしていつの間にか対位法という簡易でいながら複雑な、壮大な織り物の中に自身は巻き込まれてしまうのだ。それぞれの楽器の持つ音の特性でその織りは異なるが、いずれも魅力に満ち溢れる。聴き馴れた音楽に発見があるわけだ。

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「色々な鍵盤楽器で聴くJSバッハの魅力」そんな演奏会が近所のコンサートホールで開かれた。

ホールに位置する巨大なパイプオルガンに目を奪われる。ステージ前には小型のポジティフオルガン、そしてチェンバロ。この三台でバッハの音楽を味わう、そんな企画だった。それぞれの音色で感じるバッハの音楽、そんな事をまさに聴衆に解りやすく伝えたい。今日の演奏会の演者、大塚直哉氏はそう考えて3台の異なる楽器を用意してバッハのプログラムを選んだのだろう。

演奏会のパンフレットに演者の大塚氏は書いている。
・18世紀の優れた作曲家であり鍵盤楽器奏者であったバッハは楽器にも通暁し、楽器製作者との間での改良のやり取りが多かったこと。
・またペダルのついた大オルガン、小さな箱型のポジティフオルガン、そして弦をはじくチェンバロ。それぞれの音色と魅力を楽しんでいたのではないか。
・そんな違いを味わっていただきながらバッハの響きをあれこれ楽しんでいただきたい。

実際演奏が終わった後でのトークの時間では三台の各楽器についての仕組みの説明に続き、音のタッチ、出色などの実演があった。同じ音でも響きも違うし残響も異なる。選曲、演奏。そして解説も楽しめた、とても好企画の演奏会だった。

(2022年5月24日、ミューザ川崎シンフォニーホール 大塚直哉氏。演奏曲 ポシティフオルガンBWV860,691,チェンバロ846,1004/5.パイプオルガン641,552)

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大塚氏ではないが、自分もバッハのクラヴィア・オルガン曲それぞれ一曲選んで三者三様の音の旅をしてみた。

音の成り立ち・・空気を押し出しパイプを振動させるのか、弦を爪ではじくのか、弦をハンマーで叩くのか。それぞれの音色の違いは何処にあるのか。音色か、アタックか、音の持続性か、落ち着きか華やかさか、柔らかさか。全てが異なり、全てが素晴らしい。皆さんのお好みは、どれだろうか。

・クラヴィアの為に書かれたバッハ平均律クラヴィア曲集上下巻全48曲(合計96の前奏曲とフーガ)の中からマイベスト3に入る下巻第12曲(BWV881)の前奏曲・フーガを聞き比べてみる。

チェンバロで https://www.youtube.com/watch?v=e2IeRFxTKSA (演奏:グスタフ・レオンハルト
ピアノで https://www.youtube.com/watch?v=oZQQxIXiqN8 (演奏:アンドラーシュ・シフ
オルガンで https://www.youtube.com/watch?v=3n1n_uiYrTY (演奏:ルイ・ティリー)

・オルガン曲として書かれた壮大な幻想曲と堅牢なフーガが秀逸なBWV542を聴き比べる。地を揺るがすかの如き低音に息の長いオルガンの音を、弦を使う鍵盤楽器で如何に対応するのか、興味は尽きない。

オルガンで https://www.youtube.com/watch?v=CBPrSj8E1Fo (演奏:サイモン・プレストン)
チェンバロで https://www.youtube.com/watch?v=DAmgeYjgfyk (演奏:パワー・ヴィックス)
ピアノで https://www.youtube.com/watch?v=QJUs6gRf-Ao (演奏:ダニール・トリフォノフ

個人的にはBWV881のオルガン版とBWV542のピアノ版が心に染みる。どちらも滅多に聴く事のない組み合わせだからだろうか。

まだまだ未知の鍵盤曲が沢山ある。既知の曲でも奏者と録音により、そして大きなパイプオルガン・ポシティブオルガン・チェンバロ・ピアノ。楽器がこうして異なるだけでも、大きな発見に満ち溢れる。全く知らない事ばかり。これだから、止められない。

壁面の大オルガン。ステージ上にはチェンバロとポジティフオルガン。ポジティフオルガンは椅子に送風機構が組み込まれていて胴体の小さなパイプを鳴らすと言います。興味深いのです。