日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

じっと我慢の子であった

犬を散歩に連れ出そう。目的は運動と排泄だ。しつけが悪かったのかたまたまだったのか、我が家の駄犬は外に出さないと排泄をしない。外に出されるまでは「じっと我慢の子」なのだ。しかしそこは生理現象。どうしようもない時もある。その時彼は「吠える」。夜半寝ぼけ眼で玄関の三和土に出して扉を開けるとすぐに外に出て排尿をする。「気づかずにすまなかった」と謝ることになる。

数度は失敗もした。雷が鳴ると怖がる。人間には聞こえない音域を拾えるのだろう。雷が来る前から毛は逆立ち、必要以上にうろたえる。あまりの不安さを察したので玄関の三和土に出すと、彼はそこで「すまなさそうに」すぐに排尿した。怖くて仕方がなかったのだろう。「決して君のおへそを取りに来たわけではないよ。天空の電荷が高くなりすぎただけの自然現象だよ」と言っても通じるわけでもない。僕も家内もそんな時は、生理現象を終えさせたら、唯抱きしめる事しかできないのだ。

雷は、怖いよね!

先日旅行に出かけた。必要があり宿泊したホテルに彼を半日ほど預けた。粗相があったら困ると、オムツ、いや、マナーパンツを履かせた。高齢犬と言われる年齢になってしまったのだ。彼はひどく情けなさそうな顔をしたが、許してくれと話しかけた。所用が終わり迎えに行くとはちきれんばかりにしっぽを振り、マナーパンツは半ばズレ落ちていた。

まぁ、よかった。何事もなかった。「漏らす訳、ないだろう」と自慢げだ。

今朝の散歩はいつもの慣れたルート。個々の犬にはそれぞれ好きな場所があるようだ。電信柱などどれも同じに見えるが、きちんと見分けて用を足す。全く犬の嗅覚は素晴らしい。

彼にはたくさんの友達がいる。名前も顔も犬種も覚えていなくても、嗅覚が全てを判断しているようだった。自分よりもずっと大きな犬も、活発な犬もいる。平和主義のようで、おおむね誰とでもうまく交流する。

今朝は同族さん、同じ犬種二頭とはちあわせ。二頭はメス犬。彼は去勢しているので男性的な魅力はないのか、いつもは雌犬には「しかと」されるのだ。しかし今日は二頭さんとリードが絡むほど嬉しそうに交流した。鼻がぺちゃんこな犬三匹が互いにつつきあう姿は、飼い主としては微笑ましく嬉しいとしか言えない。

「良かったな。あなたにも魅力が、あるな!」

交流を済ませるとそそくさと「お気に入り」の電柱で用を足して再び軽やかに歩きだす。こちらは排泄痕に水をかけ、「落とし物」は紙に取る。まったくいつもながらこの時間まで「じっと我慢の子」だったのだ。

さて僕が歳を取るのと同様に彼も歳を取る。僕が夜半に就寝から目覚める最大の理由は「トイレ」だ。加齢には逆らえない。彼とて同様だろう。これから先、そんな「老い」にどのようにつきあっていくのか。人間の勝手で「マナーパンツ」か? また情けなさそうな顔を見るのだろうか? 彼には今朝のような、同族と戯れる無邪気な顔が似合うように思う。しかし、それも、仕方のない話だ。もうこれからは「我慢の子でなくていいよ、僕らが察知するからね」と話しかける。

さて「どんぐりまなこ」の彼に話は通じただろうか。先はまだ長いね。ゆっくりやっていこう。

ぺちゃんこの鼻。菊の花のような鼻周りの毛。そしてどんぐりまなこ。シーズーの魅力は愛好家にはとても深い。