日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

山で迷わず・里で迷う 加波山(709m、石岡市)

茨城県の山は数えるほどしか登っていない。筑波山八溝山、雨巻山、吾国山、そんなものか。遠征した奥久慈男体山は登山口で悪天で取りやめた。決して遠くはないのだが他に興味のある山が多く、ずっとお鉢が回ってこなかったのだろう。

学生時代から好きなピアニストをソリストに迎えた室内管弦楽団の演奏会が水戸で開催される。プログラムも好みの極みだったので速攻で予約した。彼女の生演奏に触れるのはこれを逃すと自分にはもうチャンスもないのではないか、と、ようやく取れたチケットは嬉しく期待と興奮が大きかった。

演奏会は夜からなので、せっかくなので、「ついで」に山に登ろうと考える。往復は常磐線を利用する。何処か行けるところはないかと地形図をじっくりみると、加波山があった。何故かまだ登っていなかった。東北本線から筑波山の並びで北側に見える山。興味はあったがなかなか縁がなかった。

アプローチは良くないが、常磐線羽鳥駅からバスで山麓まで行くルートがWEBで見つかった。歩行の大半は林道と言う。面白味はないが「ついで」の山だ。さすがに下山後にコンサートホールに登山靴で行くような野暮はしたくない。ローカットのトレッキングシューズを選びザックもデイパックにした。

9:40、恋瀬小学校入口。羽鳥駅から30分ほどの小型バスに揺られたそこが目的停留所。バスは最後まで乗客は自分一人だった。

西に見上げる稜線が加波山なのだが、全く期待しないことに、稜線には大型の風力発電機が一基。そして建設中がもう一基。地球温暖化による化石燃料からの脱却、技術の進化…。自然景観の保護は後回しかもしれない。残念だが妥協も必要ということなのだろうか。

バス道から集落までは長閑な道だ。林道のとりつきまでは水田の中の道を行く。ちょうど田んぼへの水門を開いたばかりで緑の苗が気持ちよさそうに水の中から顔を出している。林道をゆっくり上り始める。やたらと目の前に羽虫が煩い。荒れ気味の林道だが車のわだちはしっかりついている。林道なので距離は長いわりに高度はなかなか上がらない。

11:30、一本杉峠に着いた。疲れで頭はふらふらし、体も悲鳴を上げている。もう病前の体力やバランス感覚を取り戻すことは諦めている。2時間に満たない上り坂でこの体たらく。この体を自分のものと認め、つきあうしかない。

風力発電機のたもとを通り、加波山への山道に入った。カキツバタが涼しそうに咲く足元の沢が動いている。目を凝らすと動いているのは沢水ではなくその中のおたまじゃくしだった。これが全部蛙にかえったらいったい何百匹になるのだろう。

急な階段を上り緩い尾根を行くとブナの混じる林となり、神社があった、そこが加波山の山頂だった。

アマチュア無線運用をしたいところだが、演奏会に遅れるのは避けなくてはいけない。重要度が違っていた。病を経て全てにおいて緩慢になった自分としては、少ないバス便へは余裕をもって到着したい。

往路を駆けるように戻る。林道は淡々と降りるが、里へのショートカット道を選んで失敗した。作業道に近く、荒れており蜘蛛の巣が不愉快だった。

ホウホウの態で里に出て、往路でうろ覚えの道を、あの方向だろう、と決めて急ぎ歩く。バスまであと1時間以上あるから焦る必要もないが、普段あまり山では履かない靴を履いているせいか、足指にマメが出来て、歩くのが苦痛になった。

15:05,ようやく出たバス道だがそこには往路のバス停はなかった。「十日橋」と書かれた停留所がぽつん。バス路線は正しいが、はて、なぜ間違ったのだろう。バスの時間を焦るあまりか。履き馴れない靴で歩いた苦痛のせいか。手元のスマホにもGPSナビソフトは入っているがそれを確認するのも面倒なほど、疲れていたのだった。

山で迷わず、里で迷う。ありがちな話だが「岳人」としては情けない。もっとも、こんな体力と舐めた姿勢の自分は「岳人」を自負する資格もない。せめて「ついで」にしなければもう少し今日の山も楽しかったかもしれない。多くの課題が明らかになり、当たり前の教訓が頭に浮かぶ。加波山には、悪いことをした。お詫びに帽子を取ってお山に挨拶だ。今度は真摯に伺います。

さて、今宵はどんな素敵な演奏会になる事か。帽子をかぶり直した自分の頭の中は、早くも音符で満ち溢れる。静けさを突き破るピアノの透徹した響き、レコードで35年以上聞き憧れた音が届く。早くコンサートホールへ。リカバリーだけは、早いのだ。

2022年5月19日歩く。

水田の中の路、正面に加波山の稜線を見る

水門を開き、清冽な水が水田に放たれる。稲は嬉しそうだ。

稜線近くの沢には涼しげなカキツバタ

入山バス停と下山バス停が違ってしまった。反省多き山行だった。