日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

小金沢連嶺へ

大菩薩嶺から南下する小金沢連嶺を初めて縦走したのは20代の頃だったと記憶する。

 

武田久吉や木暮理太郎も属していた「霧の旅」会によって大正時代に紹介されたこの連嶺は終始正面に富士山を見つつもミヤコザサの原とツガ林のピークが織りなす独特な風景で、何よりも人が少ないのが好ましかった。初回は牛奥雁ケ腹摺山と黒岳の鞍部にテントを張り大峠へ、二回目は単独の山で、大倉高丸山頂直下にテントを張り今度は滝子山をも踏んで初狩駅までの縦走、いずれも静かな山を満喫したのだった。「霧の旅」よろしく霧でもでると視界は本当に消えてシカの鳴き声しか聞こえない。沈黙に音があると知ったのはこの山だった。


秋晴れの好日、所属する山の会の仲間とアマチュア無線運用を兼ねての、約30年ぶりの小金沢連嶺となった。その頃はなかった上日川ダム建設に伴い、ひどく荒れた上日川林道も今や県道に昇格しバスの通る立派な道であった。牛の寝通りを除けば大菩薩峠から入るのが小金沢連嶺への唯一のアプローチだったが、立派な湖岸道のお陰でアスファルトの車道から登山道で容易に直接石丸峠まで登れるようになっていた。山深さを失ってしまった感はあったが、カラマツの紅葉の中を登るにつれて懐かしいミヤコザサとツガの風景が待っていてくれた。


何も変わっていなかった・・。


富士も立派だが、何よりも興味は右手に広がる峰々である。南アルプス・3000m級ジャイアンツはすでに冠雪しており、甲斐駒・仙丈・鳳凰北岳・間の岳・塩見・悪沢・赤石・聖・・と懐かしい重厚な山々が勢ぞろいでそれぞれの高みを競っていた。笊と光岳ももしかしたら見えたのかもしれない。彼らに再会の挨拶が出来たのは嬉しいものだった。


途中膝までの笹に苦戦して道を探した30年前とは違い、歩きやすいルートを辿って小金沢山(2014m)を目指す。いったん大きく下り、鬱蒼とした樹林の中、西側に深く落ち込む谷に注意してトラバースしていくと山頂は近かった。小金沢の山頂から更に続く連嶺を目で辿る。またここを縦走するのも楽しいだろう。懐かしい山々の姿を目に焼き付けてから、往路を戻り下山についた。


写真 JI1TLL氏撮影. 2020年11月8日記

 

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石丸峠から小金沢連嶺を見る