日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

折れたうどん

香川県生まれの自分がうどんに求めるものは二つ。強いコシの麺と金色に光るイリコ出汁だ。冷たく戴くときは余りこだわりが無い。物心ついたころには香川のうどんは暖かいものばかりだったから。

コシは大切に思う。関東のうどんを目にしたときに真っ黒い汁に驚き口にしたときの歯ごたえの無い麺にはさらに驚いた。その意味で数年前に知った武蔵野うどんは気に入った。見ようによっては赤みを帯びた麺は歯ごたえがあり小麦の香りも野趣あふれる。これは暖かい肉つけ汁で頂く。

自宅でうどんを作るとなるとイリコダシは粉末も手に入るが、あの麺は遠い世界だ。尤も、ものの本によると小麦粉と水と塩があれば、あとはこねて足踏みするとある。興味はあるが、まだトライしていない。

それでもうどんを食べるかとなると、半生麺や乾麺の出番となる。いずれも茹で加減を自分で見て、芯が残るうちに水で締めてしまう。讃岐や武蔵野うどんには遠く及ばないが、これで歯ごたえのど越しは担保される。まぁいいだろう、ということで乾麺のうどんは幾つか備蓄している。

犬を家に置いて出かける事とした。我が家の犬は二代目のシーズーでブリーダー施設から保護された。彼にとって自分達はようやくの飼い主だった。そのせいなのか彼は分離不安が大きい。特に妻の姿が無くなると家の中を動き回り吠える。少しづつ環境に慣れてほしい、そんな練習の意味を込めて家に置いて二人で出かけた。また実際問題としてこれからの季節は買い物に連れていくわけにもいかない。両親がパチンコに夢中になり車の中で赤子が死んでしまうという惨事はしばし報道されるが、犬も同様に暑い季節になると車内で待機していてもらう事も出来ない。

先代犬は自分達の監視の目が無いとゴミ箱をあさっていた。きちんと蓋をして今は閉じている。二代目犬は平気でテーブルの上に登ってしまう。危ないので食べ物らしいものは片づけているが、うっかりと袋に入ったうどんの乾麺を置き忘れていた。シールされているので食品の匂いもしないはずだから大丈夫だろうと思っていた。

帰宅すると床にマッチ棒程度の長さの白い棒が散らかっていた。にわかにそれが何だか分からなかったが、見れば乾麺の成れの果てだった。さすがに美味しくなかったのか、すべてが折れていて食べかけの物は無かった。こらっ!と思わず声に出たが彼は何かを感じたのか部屋の隅へ逃げて行って畏まって座ってしまう。もう怒る気は失せてしまう。

粉々になった乾麺を茹でた。とてもつけ汁に付ける気もわかない。これはうどんというよりはショートパスタと言うべきで、自分もオリーブオイルとニンニク、赤唐辛子で味付けをしてみた。うどんのペペロンチーノアリオリオだった。食べながら二人して、何だろうこの不思議な味は。不味くは無いが・・。そこで間違いに気づいた。

仕方ないね彼は、と二人して苦笑いをしているではないか。「苦」とついてもそれは笑いだった。つまり彼は自分達に小さな喜びをくれたのだ。先代犬が世を去った時の空虚はなかなか埋まらずに、矢も楯もたまらずに保護犬譲渡会に行ったのではないか。何度かトライしてようやく縁があって彼が来たではないか。留守番が出来ぬと腹を立てる?それは大きな間違いだろう。

・・折れたうどんは幸せの証だった。すると不思議。香川でも武蔵野でもないうどんのペペロンチーノが美味しく思えるではないか。

食べ物あれば背伸び跳躍なんでもござれ。こんな姿も小さな喜びをくれる。流石にチュロス入りのアイスクリームは渡せない。