日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

ゴルゴダへの道・ヨハネ受難曲演奏会

クリスチャンでない限り、イエス・キリストの生涯について造詣の深い方もあまりいないのではないだろうか。自分も詳しく知らない。なにせ目下のところ太陽・大地・空気、その総てが神々しいと思う程度で、言ってしまえば八百万の神の信者だろうか。つまるところ古来からの日本人が自然に対して持っていた畏怖と尊敬。そんな価値観そのものだろう。信者でも何でもないが、登る太陽を見て胸が迫り、吹く風に心が躍り、沈む夕日を見て涙するのだからやはりそうなのかと思う。

しかしクラシック音楽を聴きこむと遅かれ早かれイエスの生涯にさわりでも触れることになるまいか。ルネサンス音楽からバロックまでそして古典派やロマン派においても、通奏低音のように教会音楽の影響が見て取れるからだ。特にバッハは教会のオルガニストであり指導者だった。対位法の造形美に惹かれて聴き始めたバッハの鍵盤曲。ほどなく彼の合唱作品の虜になった。混声コーラスで対位旋律を構成するのだから温かみがあり、かつ音楽は緻密で堅牢だった。手始めに数多のカンタータから入るがすぐにバッハの最高傑作の誉が高い二つの「受難曲」に至る。知人の伝手で演奏会のチケットを入手した。なんとその知人の奥様がアマチュア合唱団でステージに上がるという事だった。

演目は二つの受難曲のうち「ヨハネ受難曲」。一曲目の神々しいコーラスが素晴らしい。しかし全てを通すと2時間を超える超大作でCDもまずは抜粋版を、となってしまう。今回2時間じっくりと全曲聞くことができる。これを機会に全曲盤を聞きこんだ。

ヨハネ受難曲新約聖書イエス・キリストの受難をテーマにしている。マタイ、ヨハネ、ルカ、マルコ。聖書の四つの福音書の中のヨハネ福音書から抽出したストーリーにバッハは音楽を付けたことになる。一部はマタイ福音書も引用しているというが言ってみればヨハネ福音書ハイライト版を歌で読んでいく、そんなことになるだろうか。

マリアの受胎、ガリラヤ湖でのイエスの奇跡、死と復活の予言、このあたりの話には一切触れない。冒頭の神を讃えるコーラスが終わるとギドロンの谷でイエス一行が捕縛されるシーンから始まる。ペテロ以外の十二使徒のプロフィールに深く迫る事もなく、時の総督ピラトによる審問のシーンへ。そして民衆との駆け引きの中、有罪が確定しゴルゴダの丘で十字架に磔刑となる。慈愛の心で世を去り民衆を救ったイエスを、民が慈しみ安息を祈る美しい合唱で曲は終わる。聖書でのイエスの復活はこの後の話であり、受難にフォーカスしたヨハネ受難曲には歌われていない。

受難曲のストーリーについてはいくつもの素朴な疑問が湧いてくるがそれはそのまま新約聖書に対する疑問となり、もっと聖書に向き合う必要性があるだろう。さておいて不思議に思う。なぜ復活劇まで曲に入れなかったのだろうか?復活が入ればこそ聴者はそこで一安心、哀悼の先に光明あり、起承転結となるまいか。イエスの復活はマタイ福音書に在るというからそれも引用しても良かったろうに。

演奏面で言えば自分にとっては目新しい点があった。現代楽器ではなくオリジナル楽器(古楽器)だった。古楽器での演奏は現在バロックでは一般的だ。リュートなど滅多に見ない楽器があった。鍵盤楽器はポシティフオルガンとチェンバロ。当日は雨だったせいかオルガンのチューニングを入念にされていたのが印象的だった。古楽器による違和感は最初だけで、全体にテンポが速く軽やかで透明な立体感のある音は新鮮だった。

独唱陣。エバンジェリスト役、イエス役、ペテロ役、アルト、ソプラノ、テノール。吸い込んだ息が魂を揺るがすがごとく吐き出される。一人の人間からなぜあれだけの腹の中からの声が出るのか。人体構造は同じはずでこれもまた謎だった。

合唱団はとてもアマチュアとは思えなかった。フーガやカノンの旋律は有機的に絡み合い、見事な音の建築物だった。ポリフォニーの造形の美しさには、いつもながらに舌を巻いた。導入の合唱も素晴らしかったが、2曲目(イエスの捕縛)での合唱。イエスの「誰を探しているのか?」に呼応する「ナザレのイエスを」の部分ではその緊迫した歌声に目頭が熱くなった。ゆっくり歌われる最後の清澄なコラールで2時間強の長い演奏会の幕が落ちた。緊張を持って聞いていたので、疲れた。聖書の世界も深ければ、演奏も歌も深い。全編を通じて歌われる言葉はドイツ語。歌手さんと合唱団のご努力がしのばれた。歌い終えた皆さんの表情の晴れ晴れしさが全てを語っているようだった。

…とりあえずゴルゴダの丘までは自分もへとへとになり辿り着いた。この先は復活だろう。バッハではその復活劇を歌った曲はないようだ。しかし、ある。ヘンデルだ。オラトリオ「復活」がそれに該当しまいか。自分としては是非復活してほしい。聞かねばならぬ。早速CDをポチってしまった。処分していくはずのCDもこうして増えていく。しかし、それは知りたい思いを満たすのだから許されよう。主のご慈悲はかくも深い、とは都合よく解釈しすぎだろうか。

・演奏会:横浜合唱協会主催、プロムジカ使節団演奏、2023年3月18日ミューザ川崎シンフォニーホール

古楽器アンサンブルは初めての体験。バッハの音楽を通じヨハネ福音書のハイライトを辿ることが出来た。力演の演者さんに感謝あるのみ。

横浜合唱会第72回演奏会。満喫しました。ありがとうございます。

・ネットにあるヨハネ受難曲カール・リヒター指揮ミュンヘンバッハ管弦楽団。自分がずっと聴いてきたCDの演奏も彼らによるもの。https://www.youtube.com/watch?v=tPQgHScLK8o

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