日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

虚ろな部屋

間もなく結婚をする娘が、置き残していた荷物を処分しに来た。中学入学から15年近く住んだ家。数年前から仕事で県外で独り住まいしていた娘だが、思いのほかに荷物が残っていた。多くは当時の洋服や靴。ぬいぐるみ。娘はそれらを見ては顔を上げ何かを思い出すような顔をしたが、迷わずに捨てるものはビニル袋に入れていくのだった。かつてはセーラー服が架かっていた洋服掛けも外してあった。

じゃまたね。そう言い残したのが心に残った。軽い足取りで去っていった。これから始まる旦那様との生活の夢が一杯だろう。溢れる陽光が差し込み笑いに包まれる事だろう。「愛の千年王国がこれから始まるんだな」。

彼女が去ってからの部屋はますますがらんとした。西日も良く入る部屋だった。斜めに射し込む光線に僅かの埃が舞っていた。じっとしていると、寒かった。

わずか数日の違いだった。自分の実家だった。父親は数年前に施設に入居していた。独り住まいの母は足腰が弱まり家の中での転倒を繰り返した。介護保険の仕組みを使い、介護ベッド、ヘルパー、デイサービス、訪問診療、訪問リハビリ、宅食、ごみ収集。色々な支援の仕組みを短時間で整えた。一仕事だった。老いた母には新しいものをすぐに受け入れる事は難しかった。初めに必ず「拒絶」があった。しかし何度かやると、サービスを甘受した。

思ったよりも老化が早かった。設置した介護手摺があっても室内の歩行は時間がかかった。ある時携帯が鳴った。冷蔵庫の前でひっくり返り動けなくなっていた。再び、いや三度目か。救急車に乗った。コロナ下での面会は叶わぬが、病院での母は思ったよりも元気だった。常に誰かがそばにいる安心さ。病院食事とはいえ冷たい宅食弁当より美味しいのだろう。

退院の日を前にして、次の施設で使う衣類一式を実家に取りに行った。今度はリハビリのための老健施設だった。そこで着る服を選び、妻はそのすべてに名前を付けた。妻は言う。「お義母さん随分前からボタンを穴に入れるのが難しかったんだね。パジャマのボタン、全て外して自分でスナップボタンに交換しているよ・・・」

自分は母の寂しさを理解していなかった。夫は施設に入り、産んだ子供たちのうち一人は数年前に鬼籍に入ってしまった。残る一人の自分はあまり誠実な態度で母親に接してこなかった。ボタンを取り除き、ボタン穴を閉じ、スナップボタンを付けているであろう独りきりの老母の姿を想像すると、自分の肩は小刻みに揺れた。

服選び・名前付けも終わった。主のいなくなった実家も又、がらんとしてうつろだった。冬至どころか立春も過ぎた。小さな庭に咲いた幾ばくかの寒椿もこれまでは母が少し手を入れていたはずだった。いつ戻るともわからぬ主を待つのか、締めた鍵穴の音は乾いていた。

ふたつの空虚な部屋がある。明るい未来への旅立ち。果てが見えない未来への出発。前者の虚ろは何だろう。子の成長は嬉しいもののはずだ。今更子離れの寂しさか。後者の虚ろはあまりに不誠実だった自分に対しての悔いか。

生きていく事は歓び、誰かを傷つけ自らも傷つき、悲しむ事なのだろうか。後悔のない人生はない。今あるものが全て。身の回りがすべて。そこからは気持の持ち方。虚ろさをそう感じる感性は大切にしたいが、悪い気持はあとに残すものでもない。行き詰まるならば「CTRL+ALT+DEL」で再開。そんな前を向いた気概を持ちたい。

 

虚ろな部屋から見る寒椿。手入れもなく咲くがままに。春は近いというのにそれもまた、虚ろだった。