日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

図書の旅6・嵐の大地 パタゴニア(関野吉晴)

「知の泉」たる図書館あるいは埃を被った我が書棚。ゆっくりと利用し再び手に取ってみよう。捜している何かが、素敵な言葉が表現が、見つかるかもしれない。さて今日は…

●「嵐の大地 パタゴニア」関野吉晴著 小峰書店 1995年

大聖寺平で思った。この怒り狂う風は何だろう。南アルプスの盟主・赤石岳を目前にして、風の通り道にはまった。たたらを踏めども全く進まない。上体を低くしないと何処かへ飛ばされそうだった。これは噂に聞くパタゴニアに吹くような風だと。

アウトドア雑誌等で見ることができる南米最南端の地パタゴニア。この世の果てとも思える荒涼とした風景写真。切り立った山々やフィヨルド。氷河と氷河湖。荒れ狂う天候。それらは人を近づけない厳しさと美しさに満ちていた。憧れるというよりも恐ろしいほどの美だった。冒険家・関野吉晴氏は人類の住む最南端である南米最南端の地から北上しベーリング海峡を渡り東アフリカを目指すというグレート・ジャーニーを計画、パタゴニアに赴く。本書はその第一歩を描いていた。

人間の先祖と言われる猿人は五百万年前にアフリカ大陸で生まれたといわれる。彼らはより暮らしやすい地を求めてアフリカからシベリア、アラスカ、北米、南米大陸迄広がった。アジアからシベリアまで広がったのは黄色人種モンゴロイド。アフリカに住み続けたのが黒色人種・ネグロイド西アジアからヨーロッパにかけてが白色人種・コーカソイド。若いころから南米が好きで奥地冒険をしていた関野氏は現地のインディオとふれあい交流を深めるにつれ、彼らと日本人に近似性を見出してまるで親戚のような気になった。そこで四十歳で旅に出る。モンゴロイドが辿った足跡を逆に、南米大陸南端からルーツ生誕の地東アフリカまで辿ってみよう、と。手段としては徒歩・自転車・カヤック、スキーなど、自分の手足を使って移動する。

…歴史をしっかり勉強しなかった自分、しかし地理だけは好きだった自分にとっては、その冒頭の章がすでに知らない世界への魅力あふれる招待状だった。

写真を交えた単行本はこの冒険旅行の過酷さと、パタゴニアの大地の厳しい自然をふんだんに感じさせてくれた。マゼラン海峡横断ではこの世のものとは思えぬ強風で漕いでも進まぬカヤック。ワンチャンスをものにして一気に横断、自転車での北上。強風に飛ばされるテント、スキーと橇でのクレバスだらけの南部氷床の41日間に及ぶ縦断。再び自転車での北上。そこで本書は終わり次巻に続くようだった。モノクロ写真は迫力に満ちていた。先住民族の抱える問題、コロンブス以降の白色人種によりもたらされた病や搾取についても触れていた。

冒険はとんでもないエネルギーと信念をもっていないとなしえない世界だろう。40歳から過酷な旅を始めた関野氏の原動力はやはり好奇心なのかと考えた。人類はいったいどうやって南米までやって来たのだろうか、という興味と疑問が旅の引き金だったと書かれていた。

見知らぬ世界が好奇心を読ぶ。何かの拍子で背中を押されたり自らを鼓舞して押したり。そんな気持ち次第で新しい世界はいつでもわが手にあるだろう。自分はこれまで何故小さくとも山登りやサイクリングを続けてきたのだろう。人類の起源を探るといった深遠なテーマはない。しかし知らない世界を見て、そこに吹く風を体で受けたい。またそんな事に熱中しているときだけ感じるのだった。自分は自然の一部であり「生かされている」。それは家族や友人、社会全般との大きなかかわりの中で初めて実現されている、と。それだけだった。つまるところ自分は「自己との対話」のために旅をしてきた。体を使い頭を空っぽにしないと自分との会話の扉は開かない。そのためには、関野氏と同様に旅は徒歩なりスキーなり、自転車でなくてはならなかった。すると新しい世界のフィールドは目の前にもあるだろう。

不勉強だったが関野氏のグレートジャーニーはテレビ映像にもなった様だ。本書に書かれた計画はもう予定通り終わっているのだろう。しかし知っている。好奇心という泉は心持次第で決して枯渇せず、吉野氏は決して旅を止める事は無いだろうと。そして自分も又我が身が朽ちるまで何らかの「小さな」旅をするだろうことを。

パタゴニアをPatagoniaと書くとヨセミテの名クライマーだったイヴァン・シュイナードが創業したアウトドア商品の企業ブランドになってしまう。そのPatagonia今はファッションブランドになった感があるが、同じく彼が創業にかかわったBlack Diamondはクライミングバックカントリースキーに軸足を置いたコアなブランドとして自分を含め山ヤを虜にしている。同氏も又パタゴニアの厳しい自然に魅了されたのだろう。