日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

三年後の約束 曽根麻矢子バッハ演奏会・フランス組曲

無数にあるバッハの鍵盤曲。オルガン曲は荘厳すぎて入りづらいかもしれない。今ではピアノでも演奏されることが多いチェンバロ向けの曲は身構えずに聞くことができる。中でも聴きやすいのは「フランス組曲」ではないか。

組曲というのは小さな舞曲が6から8曲程度集合しているからで、それで一つの作品になる。それが全6曲。アルマンドサラバンドジーク、ブーレ、クーラントメヌエット、ガヴォットといった拍子の異なる舞曲は、いずれもが魅力的だ。第5番のガヴォットはとても有名で.ピアノを弾き始めた子供の課題曲にもあがるほどだ。

同様なコンセプトの「イギリス組曲」や「パルティータ」よりも規模が小さくより素朴なのが魅力なのだろう。

そんな全6曲の演奏会に娘とでかけた。小学生の頃にピアノを始めた娘の発表会での課題もまた5番のガヴォットだった。自分が音楽に目覚めたのもまたこの曲だった。

チェンバロ奏者曽根麻矢子さんの演奏会は二回目。前回演奏会はちょうど半年前で「イギリス組曲」から2番3番6番という演目だった。聴き応えがあり陶酔した。今度は「フランス組曲」全6曲を一晩でやる、という傍目にも意欲的なプログラム。フランス組曲はCDでは二枚組になる。6曲で120分はかかるだろう。演者の気合が感じられた。

短調の前半3曲と長調の後半3曲。前半後に休憩をはさんだ濃密な2時間はあっという間だった。

娘は5番と6番がことのほか好きという。明瞭で楽しくなる曲だ。自分も後半3曲のほうにより魅力を感じる。しかし全6曲が緻密に作られた小宇宙であることには変わりなかった。素朴で魅力的な舞曲でも対位旋律は有機的に絡み、立体を形作っていく。いつもどおりに「やられる」だけだ。

18世紀の頃の宮廷。重たそうなドレスを着て優雅に踊るご婦人が頭に浮かぶ。聞こえてくる魅力的な旋律に頭の中の世界がゆっくりと回っていく。

気づいたら演奏会は終わっていた。カーテン・コールも止まなかった。

演奏者ご自身で書かれた演奏会冊子にこう書かれている。「フランス組曲にはバッハの決定稿もなく弟子たちの残した音符からしっくりするものを選ぶ。又音の密度も少ない分装飾も入れる余地があり、奏者にとって自由度がある」。事実CDで聞き慣れていた演奏とはテンポも装飾音も耳に新しいところがあり、曽根さんのルバートやトリルも心地よかった。

今後彼女のチェンバロによるバッハ演奏会は、このあとも続く。次回はパルティータ、そして平均律下巻、インベンションとシンフォニア、イタリア協奏曲…。この一連の取り組みの最終回は三年後で、演目は「ゴルドベルク変奏曲」、となっている。最後に随分と大きな曲を持ってきていると思う。

主だったバッハの鍵盤曲を何年もかけてすべて演奏していく。プロの奏者にしてもなにかの使命感がなければとても続ける事も出来ないような取り組みではないか。自分にはまるでサグラダ・ファミリアを作るような取り組みのように思える。

すべてを聴きたいがそうもいかない。しかし最終回の魅力的な音の綾は是非聞きたい。バッハが不眠に悩む伯爵のために作曲したという変奏曲。32回の変奏という音の旅を経て最後に主題に戻るとき、誰もが幸福を感じるだろう。

その演奏会はこれから三年後。まだチケット販売もされていない。三年後のカレンダーも自分は持っていない。しかしそれを覚えていて、確実に聴こうと思っている。意味することは、三年後の約束。その時点も自分が健康で、無事であるという事だ。逃げを打つようだが、先のことまで決めてしまえば、中途退出もできなくなる。それは自分にはとても魅力的な「縛り」に違いない。

三年後の約束は決して破ることはできない。

娘と共に演奏会の名残の興奮を語りながらホールを出た。会場そばの代々木公園は、いつしか鈴虫の鳴く闇となっていた。

代々木・白寿ホールにての演奏会。八が岳高原音楽堂の落葉松のチェンバロとはまた異なった、古雅な響きが魅力的だった。

3年後まで続く長い音楽の旅。終演は聞き逃さないようにしたい。

動画サイトリンク

フランス組曲(5番)の動画サイト。ピアノの名演が多い(グレン・グールドアンドラーシュ・シフなど)が、チェンバロから。
https://www.youtube.com/watch?v=lG8v_BA0Hhs
・ピアノはシフで。https://www.youtube.com/watch?v=f_U0lm6HZMk