日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

悠悠閑閑。坂東太郎と水郷・佐原のサイクリング

それは自分の感覚では推し量ることのできない悠々とした大きさだった。川岸の舗装路でいくらペダルを踏んでも風景には大きな変化がない。時の流れも又、異質なものだった。 川下から吹いてくる風は向かい風。サイクリストにとって向かい風とはまさに逆風。ペダルは急に重くなりギアを下げてケイデンスを維持しても、みるみる速度は落ちていく。

左手に見る波がしらが一斉に川上に向かっているのは、しかし向かい風のせいばかりではないだろう。「ああ、満潮なのだ」と、気づいた。「河口から37キロ」という標識を見て呆れる。37キロと言えば東京-横浜の直線距離よりも長い。そんな長さに渡って海からの潮が上がってくるという事実に、単純に呆気にとられた。上がってきたのは潮ばかりではないようだ。かすかに潮の香すら感じたのは気のせいだろうか? ここに至っては、小さな国である日本にもかかわらず、なにか大陸的なスケールを感じてしまう。

「まるでライン川のようだな」という台詞がペダルを踏みながらも頭に浮かぶ。

自宅の裏を流れていたライン川は、春先にはドイツアルプスの雪解けで洪水直前にまで水が満たされる。広大な土手の放牧地も水没する。毎年自分は土手に立っては呆気に取られていた。しかもそれは随分と前から予測が出来るものの、確実に、不可避と言う名の下にやってくる。ドナウ川の大洪水も来る前から分かっているが避けられない。それが大河と平原の関係だろう。

ここは低地ライン地域に比べればはるかに小さなエリアではあるが、日本では一番広闊な場所だろう。そんな平野の中を流れる川は同様に、海からの潮も逆らえないようだ。

坂東太郎、筑紫二郎、吉野三郎。小学校では今もそう教えているのだろうか? 川の名前ではないその愛称は子供心に気に入り、以来自分は「利根川」の事をまともに利根川と呼ぶことはあまりない。日本で二番目に長い利根川が太郎で、日本一長い信濃川の愛称が無いのは残念ではある。二郎に至っては一度も、三郎は上流しか見たことがない。

そんな利根川、もとい坂東太郎の河口近くをサイクリングのルートに選んだ。水郷に古い家並み、佐原の街にも興味があった。今回は輪行ではなく、友が車を出してくれた。大きな車なので2台の自転車はさしてばらすことなくリアゲートを開けて積み込めた。

佐原の旧市街は大きくはないが、小さな流れに小舟、古い家並み。それらをうまく利用したカフェや商店。そして日本地図を完成させた伊能忠敬の旧家。街並みと言い見どころもある。市街地を見学し、ポタリングベースで走り、そして佐原をして水の街にしている利根川本流へとランドナーのペダルを踏んだのだった。

利根川もこのあたりまで下流になるとそれを渡る橋も多くはない。高速道路に併設された車道で対岸に渡る。広大なスケールの中をサイクリストはただペダルを踏むだけだ。まさに「悠悠閑閑」だな。利根川霞ケ浦が作る複雑な水路と豊かな田んぼの中をにルートに選んで、与田浦から新利根川橋で佐原の街に戻った。

僅か30キロにも満たない小さな走りだったが、水郷の古い街と、雄大利根川が印象に残った。

職場の同い歳の同僚が先日退社した。近く横浜を引き払い、夫婦でちょうどこのあたりに移住すると言っていた。釣りが好きだという旦那様と移住する彼女は、職場では「都会の人の多さと慌ただしさにいつも疲れ気味なんです」と言われていた。すると時間も空間もその大きさが違うこの悠々さは、彼女の今後の人生を豊かにしてくれることうけあいだろう。自分たちはもうそんな年齢なのだ。

共に走った友人は自分がパリに住んでいた頃当地で知り合った地図と鉄道の好きなサイクリスト。イルドフランスからピカルディそしてノルマンディへ。ロアールからブルゴーニュへと、15歳年下の彼とはいったい幾度の自転車旅をしたことだろう。パリ時代は細いタイヤのロードバイクに乗っていたそんな彼も、今は太めのタイヤのクロスバイクに愛車が代わっていた。「ロードは疲れるんです。ゆっくりとのんびり走るのが楽しくなりました」と言われる。

「これさ、多摩川サイクリングロードとは、違うね」
「遥かに、気持ちがいいよね」
「あの人込みは、ご勘弁だね」
「どこか遠くに、もっと遠くに行きたくなる風景だね。旅心が刺激されるね」

そう、のんびり、ゆったり、マイペースがこれからのキーワード、と強く感じる。伊能忠敬もこんな大河の河口近くの旅心を感じさせる街・佐原に居たからこそ、仕事を引退した後に、55歳にして日本を測量し地図にしようと測量の旅に出たのかもしれない。

のんびり、ゆったり、マイペース。信濃川も、筑紫二郎(筑後川)も、吉野三郎(吉野川)も未だ待っているな。

水郷らしい古い家並みの佐原。

悠・悠・閑・閑。坂東太郎。

今回のルートは30キロにも満たない。しかし水郷と大河を仰ぎ、幾つもの支流と浦を縫い、それを埋める豊かな田の中を。のんびり、ゆったり、マイペースで走った。