日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

●脳腫瘍・悪性リンパ腫治療記(11)「術後せん妄・集中治療室せん妄、脳外科ICUにて(3)」

手術も無事に終わり状況確認のためにMRIを撮るという。とたんに不安になる。MRI、いつだったか覚えていないが、つい最近撮ったではないか。あれはすごく怖くて二度と受けたくないな。

MRIはこれまでも何度も受けていたからそれがどんなものかはよくわかっている。狭苦しさと不快な音さえ我慢すれば何という事もない。しかしつい先日撮ったばかりのMRIは自分の知るそれとは大きく事なった。通常のMRIはCTのような筒の中に入るのだが前回のMRIの撮影室は何故かただだたっぴろい道場のようで、そこにスポンジ状の50㎝四方程度の立方体が無数にあったのだった。そして耳栓を付けられ、膝を抱えて座るような指示があった。するとそのスポンジ立方体が四方八方から空中浮揚して自分に襲い掛かてくる。たまらずに自分は膝を抱えたままぐるぐると横たわった。やがて無音となり、終わった。・・・それが怖くてもうMRIは受けたくなかった。あの圧迫感が怖かった。

しかし今回も治療の為なら仕方ない。MRIか。またあの修行室で膝を抱えてこらえるのか? 怖いな。ひどく緊張する。・・・しかし今回のMRI室は他の病院でよく見るものと同じであった。今回は違う部屋なのか?と不審に思う。

筒の中でピーピーガーガー音を浴びるMRIは苦手だが横たわっていれば終わってしまうのは以前の通りだった。そう、立方体スポンジは襲ってこなかった。いやそれ以前に、無機質的に整理されたこの部屋にはそんなスポンジなどありはしなかった。あれはいったい何だったんだろう。

終わって技師に聞いてみた。「この病院のMRI室はここだけですか?道場のようなところがあったはずです・・」技師は、自分の言っていることを解さないようだったが、「ここだけですよ」と答えてくれた。 そんなわけはない。

昼夜を問わず明るいICU。時間の経過も忘れるし、なんだかぽつんと校庭に置いていかれた小学生のような気もする。

天井をずっと見ていると、その天井はゆっくりとだが回っているようにも見える、さらにはそこは天井ではなく、まるでLPレコードジャケットのように見えるのだ。なんだろう、あのレコード。あ、そうか、ジャクソン・シスターズのレコードだ。「ミラクルズ」が収納されているアルバム。イラストに描かれた彼女たちが天井に居るな。なんでだろう。

おっと、隣の天井には、スパイダーマンがいるな。彼がこれから投網で僕らを捉えようとしている。怖いな。

看護師さんを呼んで、話してみる。「スパイダ―マンが居ます」「ねぇ、あそこ。隣の天井」ニコニコして話を聞いてくれるがそれ以上何もしてくれない。何故なんだろう。僕はスパイダ―マンの網の中へ。捕まってしまう。

ここは脳外科の集中治療室のはずだ。

すでに嫁に行っている長女、そして母が面会に来た。いや、タブレット越しだった。二人とも妙に心配そうだった。何を話したのか、覚えていない。しかし後日談では自分は妙に饒舌だったらしい。

すると、なぜかICUの看護師の中に、その長女が居る事に気づいた。看護師の格好までしている。そして働いている。あいつ、なんでICUにいるのか。なんで看護師のユニフォームなのか?何やってんだか。「おい、何やってんだ!ここは病院だぞ」 すると彼女はこう言う。「私は杜幸さんの娘さんではないですよ。ここの看護師です」

・・・何のことかよくわからない。

隣のベッドの彼はあいかわらず「I want to go home」を繰り返す。都度、翻訳機を使って看護師が話しかけているのが聞こえる。つらいよな。お互い。

激しかったこんな混乱も一般病棟に移ってからはあまり感じなくなり、後日血液内科に転院してからは感じることはなかった。

後日家内から聞かされた。病院の説明によると、術前に造影剤を入れてのMRIの撮影があったという。しかし何故か自分は撮影台に上がってからひどく暴れまわりその撮影は困難を極めたという。

せん妄、そんな単語をようやく思い出した。手術の後や集中治療室では、それぞれ術後せん妄、集中治療室せん妄、と呼ばれる意識混濁の状態になることは多いという。道場のような大部屋に立方体スポンジが飛び交う、そんなことはあり得ない。娘が看護師をやっているわけもない。手術前後の緊張状態、無機質的で時間間隔を失うICU、漏れ聞こえる苦しそうな他の患者さんの声・・。

今思うならまさに自分も、せん妄だったという事だろう。

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