日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

優しくて、温まる味

この10年だろうか、街でよく見かけるようになったのはインド・ネパール料理店かと思う。今ではそれを簡易化して「インネパ料理」。それでも一般的に通じるようで、その人気ぶりがうかがえる。

インネパ料理店、お洒落な街にこれまたセンスよく溶け込んでいる店もあれば、庶民的な商店街にさり気なく構えている店もある。本格的なインド料理と少し違うと思えるのは、北インド料理とか南インド料理とかに限定しないで、スリランカやネパールまで、辺り一帯の料理を広くまとめている、といった点だろうか。「難しげに言わないで、インド一帯の料理を出しますよ」といった、緩くて開けっぴろげな雰囲気を感じるのだ。店によってはタイ料理もカバーしていたりして、まあ、「アジアの食べ物万国お友達」的な気安さをどこの店でも感じる。

メニューも、インド料理としての表示をしているところもあれば、「サグマトン」を「マトンとほうれん草のカレー」、「フィッシュマサラ」を「魚のカレー」といった具合に日本人に馴染みやすいメニュー名に書き換えている店もある。

店員さんは皆とてもフレンドリー。いや、いつも、ニコニコ顔が多いな。白い歯を出して嬉しそうに笑う。微笑み全開だ。傍目には難しい言葉と思う日本語も器用に扱う。ここまで喋れるまで、誰もがとても勉強したのではないか。そんなことも頭に浮かぶ。

このフレンドリーさや実直さが、ネパール人という国民性から来るのか個人の資質なのかは分からない。どのインネパ料理店に行っても同じ印象を受けるのだから、やはり多少は国民性があるのだろう。勤勉で几帳面な日本人、フレンドリーでおせっかいなアメリカ人、といった、例のステレオタイプだ。確かに日本に根付いて経営している中華料理店の現地人店員からフレンドリーさや実直さを感じることはあまりない。むしろあっさりと、事務的に、更には怒られているように対応される、という印象がある。

隣町だがよくお世話になるインネパ料理店がある。

自分は晩酌をするので車で行かざるを得ないこの店ではいつもテイクアウトばかり。しかし、いつ行ってもここは「微笑みの店」。冬に行けば「今日は寒いね、これサービスね」と言って料理を待つ間にお豆の美味しいスープをカップ一杯持ってきてくれる。夏はこれがマンゴラッシーになったり。パパドゥが出された時もあった。

ニコニコ笑いながら愛想よくそれらを持ってきてくれる店主は、最後にスタンプカードへの押印も忘れない。10個溜まるとカレー一品サービスという。なかなか日本人の好きなサービスを研究してるようにも思う。

何度か通ううちにいつしか顔馴染になる。その店がネットの出前サイトと連携をして配達をしてくれることを知ったのは最近の事だった。どうりで最近買いに行っても店主さんはいないわけだった。彼は配達をこなしているのだった。

少し疲れて遅くなった日、今日は贅沢するか、そんな話を家内として、ネットで出前を頼んでみた。今日は、サグチキンに加えて、ダルカレーか、アルベイガンか、パルクパニールか、迷うところ。

40分ほどして電話がかかってきた。「お宅様の近くまで来てるけど道が分からない」という。慌てて道路に出てみると向こうにバイクの明かりが見え、僕は大きく手を振った。

ヘルメット姿はいつもの「微笑みの店」の店主だった。バイクの後ろの箱を開け、慎重に保温バッグに入ったカレーとナンを渡してくれる。彼と彼の店の自慢の一品だ。僕も慎重に受け取る。暖かくて複雑なスパイスの匂いが即座に鼻腔をくすぐった。ああ、いいな、いつもの味だよね。

彼は僕を誰だかすぐに理解したようだった。例によって「旦那さん、パパドゥ一枚サービスね。スタンプカードあるね!」と忘れない。配達を終えると手にしたスマホにデータ入力をするのだろうか、彼はスマホを開き何かいじっている。

するとその背景画面には、彼によく似た肌の浅黒い小さな子供の笑顔が写っていたのだった。

「あぁ、同じだな。」・・・何か胸が暖かくなる。

彼にも素敵な家族がいて、その家族のために彼は寒くなった秋空の下、ヘルメットをかぶりバイクに乗ってカレーを配達している。「頑張れ」と思わず思う。スマホに写った彼の息子さんが、応援してくれているのだろう。そしてお父さんも彼らを幸せにするためには、いつも通りの自慢の料理を作って「笑顔」でそれを供する事が一番だとわかっているのだろうな。

10軒のインネパ料理店があれば、10以上の素敵な笑顔と家庭、そして努力があるな。彼らの成功の秘訣は、勤勉さ、実直さ、明るさ、フレンドリーさ。

今を生きる日本人、特に都会では他人との接触は極力ミニマムにしたいという人が多いかもしれない。かつては違っていたはずだ。そんな中、彼はスパイシーで美味しい料理と共に現代の都会人に「くさび」を打ち込んでくれる。

何も押しつけがましいことは言わない。ただ、「笑顔」と「美味しい一皿」という強烈な武器で、何かふと自分を温めてくれる。僕が「インネパ料理」が好きなのは、料理よりも、彼らなのかもしれない。家内と共に湯気の上がるスパイシーな料理をナンに載せて食べながら、そんなことがふと頭に浮かんだのだった。優しくて、温まる味。それが最高だ。

彼のスマホの画面の少年も、喜んでいる事だろう。そう思うとなお嬉しい。

(2021年11月30日・記)

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